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第六章 やろうと思えば、何でも出来るもんだ。 簡単に俺はシャミセンの体を乗っ取った。 どうでも良いが、動きづらい。 俺は、再び学校へ向かう。 今頃昼休みだろう。 途中、ある2人が目に入る。 制服を着た髪の長い女性とにやけ面のハンサムボーイ。 よく見えない。もっと近きへ行く。 「今回は、大変な仕事だったらしいね。古泉君。」 「えぇ、それは大変でしたよ。鶴屋さん。 準備から実行まで、かなりの金額と時間と労力を費やしました。 あなたの御父上には、大変なご迷惑をかけました。感謝しますよ。心の底から。」 「あたしに感謝を言われても困るよっ。見ての通り、あたしゃめがっさ怒ってるんだからね。」 何を怒ってるんだろうか。鶴屋さんは、怖いオーラを発していた。 絶対に近寄ってはならない。そんな雰囲気だった。 古泉は、顎に手をあて、顎を撫でるような格好をする。 口元は笑っているが、目は、じっと鶴屋さんを凝視している。 険悪なムードが漂う。 「こんなっ、こんなことっ許されると思ってるのかいッ!!!」 「申し訳御座いません。」 「あたしは干渉しない。いや、したくない。 でもッ!!! 行動しなきゃ、誰かを失うって初めて知ったよ。これだけは、言っておく。 誰が見ても、これは、倫理的な道程からは、外れてる。間違った行為さっ。」 「責任は取るつもりです。僕なりのね。」 「死んで詫びるなんて、言わないでよ。 それは、逃げるに他ならないんだからさっ。」 「分かりました。」 「………あたしは今から、学校に戻るよ。勉強しなきゃ。 次に誰かに手を出したら、あたしがキミを止めるからねっ。」 鶴屋さんは、走って帰って行ってしまった。 古泉は、しばらく呆けていた。 「そろそろ、僕も帰りますかね。」 「みゃー。」 待ちな、古泉。 「これはこれは、彼の家の猫。えっと、シャミセンでしたね。」 急に古泉は考えて、笑い出した。 「くっくっく、長門さんのおっしゃる通りですか。」 「みゃー。」 どういうことだ? 「申し訳ありませんが、あなたの言葉は私には、解りません。 放課後、部室へ来て下さい。全てお話しします。」 そう言うと、古泉は帰って行った。 どうやら長門は、猫である「俺」が来るのを予期していたらしい。話が早くて済む。 放課後 「みゃー。」 「来ましたね。」 校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 「ごごごごごごごめんなさいキョン君。何も言えなくて。」 朝比奈さんは、俺を抱きしめ、謝った。俺、一生猫のままで良いかも。 「行きましょう。長門さんが待っています。」 そのまま部室へ向かった。朝比奈さんの感触が気持ちいい。至福の時とは、まさにこのことだ。 部室へ入る。 「待っていた。」 「みゃー。」 話してもらおうか。 「分かってる。」 「長門さん。通訳をお願いします。」 「必要ない。」 長門は、俺の首に何かをかける。 「何だ?k……うぉ!?喋れる!!」 「猫用バイリンガル装置。」 「ふぇー、ドラ●もんみたいですね。」 「今回の事は、深く謝る。」 「反対勢力の暴走だろ?仕方ないさ。」 「違う。」 は? 「ユダはわたし達。全勢力があなたと涼宮ハルヒを抹殺する計画をした。」 おいおい、冗談は顔だけにしまじろう。 「な、どうして…?」 「わたしの場合は新たな情報爆発の期待。きっかけを作ったのは、わたし達情報統合思念体。 有機生命体の一般に「恋愛」と呼ばれる感情を利用し、新たな情報爆発を期待した。 しかし、失敗に終わった。彼女が情報爆発を行う機会は格段に増えたが、リスクもまた、高い。 彼女の力は落ち着いてはいるが、力自体は衰えてはいない。 むしろ、より強力な物へと変貌している。 一歩踏み違えば、地球だけではなく、宇宙空間まで被害が及ぶ。 情報統合思念体は失望し、『扉』である涼宮ハルヒ『鍵』であるあなたを抹消する方向で計画を続けた。」 「わたしの場合は未来の固定化です。今回の事件を邪魔する人の足止めをしたそうです。」 「機関の方では、最近無意識に発生する閉鎖空間の対処が不可能になりました。 神人の異常増加が原因です。進行の速さは緩やかなのですが、このままでは、いずれ世界は改変されます。 対抗策として、谷口君などを利用し、彼女の錯乱状態を抑えようとしましたが、逆に拍車を加えました。 閉鎖空間の拡大する速さが異常なまでに速く、神人の対処もままならぬ状況でした。 結果、涼宮さんを抹殺する事を上が決定しました。」 「…………」 言葉が出なかった。 俺とハルヒは、こいつらの謀略にはめられたのだ。 こんな事許せるもんか。絶対許さん。 「ごめんなさい。ごめんなさいキョン君。」 朝比奈さんは崩れ落ちるように、床に顔を伏せた。 「泣いたって無駄ですよ。後の祭です。話は終わったな。俺は逝くぜ。」 「待って。」 小さな手が俺の尻尾を掴む。 「何だ?」 「あなたは、わたし達に言うべき言葉があるはず。だからこそ、ここに来た。違う。」 確かにその通りだ。しかし、 「今更お前らに話して何になる。」 「話して。」 「ふざけるな。こんな所に居てたまるか。帰るぞ。」 「離さない。」 「なら、シャミセンから出ていけば良いだけだ。じゃあな。」 「不可能。」 長門の言葉通り、俺はシャミセンから出れなかった。 「あなたが猫に憑依した行為は、本来してはいけない。 それを解くことが出来るのは、この中でわたしだけ。」 つまり、俺がシャミセンから出れないで困ると想定済みという訳か。 「そう。」 やれやれ、長門さんには、かないませんよ。 「今から、あなたを解き放つ。じっとして。」 「最後に良いか?」 「何?」 「おばけの俺は、お前には、見えないのか?」 「否、見える。」 俺が死んだ後、お前が来た時、近くにいたが、 まさか、気づかなかったなんて長門らしくないな。 「気付いてた。しかし、涼宮ハルヒもいた。 この場合、無理に言葉を交わさないのが妥当であると判断。」 なるほど。もう一つ。 俺をハルヒの夢に招待した理由が解らん。 わざわざ喜緑さんと古泉を用意してまで、朝倉を倒す芝居をする必要は無いだろう。 何故、一気に俺とハルヒを殺らなかった? 「何の事?」 長門の手が止まる。 「僕も知りません。」 おいおい、冗談キツいぞ。 「本当。した記憶は無い。」 何だこの違和感。どこかで感じた記憶がある。 「詳しく話して頂けますか?」 俺は、ありのまま話した。 ハルヒの夢に送られた事。 朝倉が出現した事。 朝倉の言葉「真実」「終わらせない」 勿論、俺がハルヒに不覚にも「愛おしい」と言った事は内緒である。 「あなたの言葉が本当なら、この世界は偽りの世界。」 つまり、改変された世界だと? 「多分そう。あなたの話からすれば、改変したのは朝倉涼子。」 穏やかに、しかし力強く長門は言った。 「あなたを元の世界に帰還させる事も可能。」 「これは興味深い話ですね。僕も協力しますよ。」 「わ、わたしもキョン君と涼宮さんのために、働きます。」 「すまん、助かるよ。古泉、朝比奈さん。だが、良いのか?」 「罪滅ぼしですよ。もっとも、これで償えるとは、思っていません。」 「それでも、有り難いよ。」 「但し100%戻るとは、限らない。」 「構うもんか。やってみるさ。」 「あなたが元の世界に戻ったとしても、あなた達が幸せになるとは、限らない。 他の勢力に狙われているのは当然。今回同様わたし達が敵に回る事もある。 あなたは一人でも、彼女を護れる?」 「…………。」 単純に考えれば答えはNOだ。 桁違いの頭脳と力を持った勢力とただの凡人一人が戦っても勝てるはずがない。 簡単に言うと、戦闘力5の地球人とフリーザ一味である。 「考える時間はまだある。ゆっくり考えて欲しい。それと一応、あなたが帰る準備をしておく。」 「分かったよ。気長に考えるさ。まだ、時間は残ってる。」 「次に来る時は、涼宮ハルヒと一緒に来て欲しい。」 「ハルヒ?」 「どうしても必要。」 「分かった。それとよ、何故俺の記憶だけ残っている?」 「解らない。だが誰かがあなたを守った可能性が高い。」 「そうか。まあいいや。」 「では、離す。」 スッとする気分と共に、目の前が真っ白になった。 目の前には朝比奈さん、長門、古泉がいた。 「じゃあな。」 長門にしか聞こえない言葉を吐き捨て、俺は部室を後にした。 家に着くとハルヒがいた。何しに来やがった。 「暇だから、来てやったわ。」 「俺は忙しかったがなぁ。」 「忙しい?あんたが?どこ行ってたの?白状しなさいよ。」 まずい。口が滑った。長門達に会いに行ったなんて言えないぞ。 「し、親戚の家にも行って来たのさ。」 「本当?それにしては、帰りが早くない?怪しいものね。」 「本当だとも。顔見てすぐ帰って来た。」 「まあいいわ。今更、どうこう言える立場じゃないし。 それよりキョン!!あたし暇なの。どっか行きましょうよ。」 「思い出巡りでもしょうか。」 「過去を振り替えるのは嫌。前をだけを見て行動したいの。」 俺達に未来は無いようなものなのだがな。 ハルヒには、思い出したくもない過去があるのだろう。 わざわざ俺がハルヒの傷をいじる必要はない。 「おし、映画でも見るか。」 「映画ならいいかな。」「じゃあ、行くか。」 「競争よ。キョン。」 ハルヒはふわっと浮かび上がり、繁華街の方へと飛んで行った。 「待てよ。」 俺も必死になって追いかける。 楽しい。今、俺は人生(死んでるけど)で一番幸せなのかも知れない。 誰にも邪魔をされず、平和で、近くには俺を導くハルヒがいる。 ここは、天国のような世界なのか。 気付いたら映画館だった。 「どれ見るか?」 「そうねえ。あれがいい。」 ハルヒが選んだのはSF映画だった。 ハルヒが好みそうな、いかにも宇宙人や超能力者が出てきますよ的な映画だった。 「入るか。」 「待って!!」 ハルヒは、俺の腕を引き寄せ、俺の腕と絡ませた。 「少しは、あたしの夫らしくしなさいよ。」 夫!? 「もう、婚約したのと一緒よ。夫婦なの。」 ふふふと笑いながら、ほんのり顔を赤らめるハルヒ。 俺は、かなり恥ずかしい。多分、顔が真っ赤だね。 周りに霊感の強い人が見ていたらどうしようかと思う。 どうしようも無いが……… 「タダで入るなんていい気分ね。VIP客みたい。」 俺は、罪悪感でいっぱいだった。小銭を探したが無い。 あっても払う気はないし、払えるわけもない。 映画はあまり面白い代物ではなかった。 ハルヒなんて、途中から眠っている。 なんか俺も頭がぼーっとしてきた。 俺は元の世界に戻りたい。 あいつが起こす問題。 それを試行錯誤し、解決する俺達。 ハルヒが消失した日。 あの時はそう思い、エンターキーを押したはずだったよな。 だけど………… だけど…… だけど!! もう疲れた。 横には、ハルヒの寝顔。性格とヘンテコな能力さえ除けば、ただの可愛い少女だ。 「あなたは一人でも、彼女を護れる?」 頭に響く言葉。 「否、俺はハルヒを助ける力なければ、気力も無い。」 虚しく呟く。 映画はいつの間にか、エンディングに入る。 綺麗な曲が流れ出した。 俺は、何故此処にいる。 朝倉は俺に何を望む。 己の無力さを教える為か? 俺はともかく、ハルヒまで殺す利点は何だ? 解らない。 俺は何をすれば良い? 「あれ、終わったの?映画。」 「ああ、起きたか。」 「帰ろっか。」 「そうだな。」 「おんぶ。」 「は?」 「何度も言わせるな!!おんぶよ。おんぶ。」 「はいはい。」 「今日は一緒にいよっか。」 「ダメ。家に帰りなさい。」 「だって暇なんだもん。どうせ幽霊だから、誰とも話せないし。」 俺にはシャミセンがいるけど。 そういえば、シャミセン連れて帰るの忘れた。 今頃どうしているだろうか。 「ね。いいでしょ?」 「わかった。わかった。」 家に帰って驚いた。 「お帰りなさい。」 「「え゛!?」」 シャミセンと長門がいたのだ。 長門は俺達が見えてるんだよな。 「ちょ……ハルヒがいるんだぞ。」 「好都合。」 「ちょっとキョン。これは何!?不倫?不倫なのね!?」 「MAMAMA待てハルヒ!!誤解だ。ご懐妊だ。」 時既に遅し。くだらない駄洒落を言うや否や、ハルヒの連続グーパンチが飛んでくる。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ。」 「痛い、痛い!!長門!!何とか言ってやれ。」 「………自業自得。」 どう見ても長門です。本当に有難う御座いました。 「あれ?何で有希としゃべってるの?」 今頃気付くな。 「わしもおるぞ。」 「ひっ!!猫がしゃべった?」 シャミセン。お前もか。 第七章へ
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天蓋領域との壮絶かつ困難なバトルの話は俺の中で整理がついた時にでもゆっくり 語ろうと思う…… 。 季節は三度目の桜がまるで流氷を漂うクリオネの姿で舞う光景を見ながら、 俺はシーシュポスの苦痛を3年間も続けたんだなという感慨にふけり、後ろを 振り返った。 北高に入り、ハルヒと対面したあの日が走馬灯のようによみがえってくる。 思えば「宇宙人、未来人、…… 」あの言葉を聞いた瞬間から俺は夢のような時を 過ごしてきたんだなとも思う。 まさに光陰矢のごとし、カマドウマにも五分の魂ってやつか…… 。 そんなこんなで今日は朝比奈さんの卒業式当日。 もちろん鶴屋さんもその満面に笑みを称え、卒業生の輪の中にいた。 「安定していますね、まさに一般人に戻ってしまった涼宮さんそのものですね。 あっ、それと僕の能力も消えてしまいました」 顔が近すぎるんだよ、古泉、あいも変わらずなぜそんなにくっついて話す 必要があるんだ? 「情報統合思念体も二次的なフレアの原因は涼宮ハルヒという生命体が持つ 内部の自己矛盾から開放されたと推測している。わたしの役目も終わりに 近づいているのかもしれない」 寂しそうな笑顔を向ける長門…… 寂しそうな笑顔? 長門、お前はいつから そんな感情を露にした表情ができるようになったんだ…… 。 「観察が終わればわたしはここから去らねばならない…… 」 その神のごとき能力を失ったハルヒは泣きじゃくる朝比奈さんと大笑いしている 鶴屋さんの真ん中で大いにはしゃいでいた。 卒業式の余興にあのバニーのコスプレでどうやら「GOD KNOWS」を 歌うらしいのだ。 もちろんSOS団内に結成したENOZⅡというバンド名なのはいうまでもない。 はしゃいでいるハルヒを俺はずっと目で追っていた。相変わらずハイテンション なハルヒ、昨日まで世界はお前を中心に回っていたといっても過言じゃないんだぜ! あの日を境にな、あの日を境にお前の能力が失われていることに気づいたのは つい最近なんだ、だが俺はなぜかほっとしている。これで、お前を、ちゃんと真正面から 見ることができるんだ。 不思議から開放されることが、いやもう二度とあの世界へは戻れないんだと してもだ、俺は心からハルヒ、お前が普通でいてくれることをありがたく思うよ。 この世界の創造主なんて役目はかわいい女の子には荷が重過ぎるだろ、違うか!? なんたって神様好きになっちゃバチが中るってもんさ、 卒業まで一年俺はこう思ってるんだ。不思議じゃない高校生活もきっといいもんだぜ…… 。 ハルヒ、告白しちゃいけないか、手をつないじゃいけないか、デートしちゃいけないか? この世界にたった一つ不思議があるとしたらめぐり合った奇跡じゃないのか? 「ハルヒ…… 俺は…… お前を…… アイシテル…… 」 了
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さあ、SOSバンドのライブの始まりだ。 1曲目は――『パラレルDAYS』 ハルヒ書下ろしの新曲だぜ。 『パラレルDAYS』は1曲目に相応しい疾走感のあるロックナンバーだ。 しかしこの曲、ドラムの難易度は半端じゃない。 なんせ曲の入りが俺のドラムからなのだ・・・! しかし、思い切って叩き出したビートは、自分でもびっくりするくらい、素晴らしい出来だった。 ドラムをしばき倒す打撃音が体育館の壁に反響し、俺の鼓膜にまで返ってくる。 よし!イントロ成功だ。 即座にキーボードが、ギターが、ベースが、俺のビートに一気に覆いかぶさってくる。 長門のギターが流れるようなメロディラインを、ハルヒのギターが正確なリズムカッティングを刻み、 古泉の弾き出す重低音がそれを支え、そして朝比奈さんのキーボードが色とりどりの彩色を加える。 今まさに、バンドが走り出したんだ。 そしてハルヒがスタンドマイクの前に歩み寄り、歌い出す。 体育館の天井を突き破って、空の先まで、月まで、届きそうな程の伸びやかで美しい輪郭を持った声。 今日のハルヒはどうやら絶好調らしい。 ああ――この歌声を聴くために俺はドラムを叩いているんだ―― いつか思わずハルヒにこぼしてしまった失言も、この歌声を聴いた今は本音だって胸を張って言えるね。 観客はハルヒの歌声、長門の超絶ギター、朝比奈さんと古泉のプロ並みの演奏に驚いている。 俺のドラムも何とか4人についていけている。 そして曲はサビへと展開する。 『おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ 未来はパラレル―― どーんとやってみなけりゃ 正しい? いけない? わからない!』 まさにハルヒを象徴するような歌詞だ。 俺は夢中にドラムを叩きながらも、最初は驚きに静まり返っていた観客が 曲に合わせ手拍子を鳴らし、拳を振り上げ、声をあげる様子を視界の端に認めることが出来た。 そして俺の真正面に立って、マイクに向かい、天上の美声を紡ぎだすハルヒが普段よりずっと大きく見えた。 そして曲は間奏の長門のギターソロパートへと進む。 ココは『パラレルDAYS』における最難関とも言えるパートである。勿論長門はどんなに難しいソロであろうと 完璧に弾きこなしてしまうだろう。問題は俺である。 ドラムのソロパート(しかも叩きまくり)がある上に、長門のソロのバックではツーバスという高等技術を披露せねばならない。 ツーバスとは、ドラムセットの中で最も大きく、足でペダルを蹴って低い音を出すドラムのことだが、 通常は1つのこのドラムを2つセットし、両足でドカドカ連打するのである。 (※こんなの http //www.cozypowell.com/images/kit1981.jpg) 要するにムチャクチャ高度なテクと体力が必要って訳だ。 正直、あのENOZの岡島さんですら「このパートはちょっと難しいね~」とおっしゃっていた。 つまるところ、1曲目から初心者ドラマーであるこの俺に最大の山場が訪れてしまったというわけだ。 ハルヒの歌が止み、古泉が軽やかなフレーズをベースで刻む。そしてドラムソロ―― 「うおりゃーっっ!!!!」 思わず声に出てしまう程の力を込めてドラムをしばき倒す。スムーズさはイマイチだったが何とか成功! するとハルヒが流れるようなピックスクラッチ(※弦に対してピックを垂直に当てて滑らせることにより独特の効果を得る奏法) を決め、それに呼応するかのように長門がスッと前に出てソロを取り始める。 さあ、こっから俺はツーバス連打だ。動け!俺の両足よ! 『ドカドカドカドカドカ・・・・・・』 自分でも不思議なくらい両足が動く!そんな俺に触発されたのか、長門のソロにも一層熱がこもる。 古泉も朝比奈さんもノリノリで身体を揺らしながら演奏している。 ハルヒは最大の難所を越えて見せた俺の方にちらりと顔を向けると満足そうな笑みを浮かべた。 そして、再びマイクに向かい、サビを熱唱する。 観客の熱気も1曲目にして最高潮だ。アウトロの『ラララ~』のパートもハルヒと共に合唱までしてくれている。 所謂シングアロングってやつだ。そしてそんな熱狂を保ったまま、長門の再びの超絶ギターソロと共に曲は終了する。 湧き上がる拍手と歓声。当初はその珍妙な名と衣装から好奇の目を向けられていた俺達SOSバンドは、 1曲目にして完全に観客に受け入れられたようだ。 間髪置かず、ハルヒの合図と俺のスティックのカウントから2曲目が始まる。 2曲目はこれまたハルヒ書下ろしの新曲『冒険でしょでしょ?』だ。 1曲目とは打って変わってのポップなミディアムナンバーである。 『パラレルDAYS』の主役が俺のドラムだとするならば、この曲の主役は朝比奈さんの表情豊かなキーボードプレイと ハルヒの情感のこもったボーカルが主役だ。 俺や古泉は黒子に徹し、堅実にリズムキープに勤める。長門は朝比奈さんのキーボードにあわせコードを鳴らす。 その朝比奈さんは何と左右2台!のキーボードを両手を使い、引き倒す。まさに神業だ。 (※こんな感じ http //www.messyoptics.com/bird/ELP-1.jpg) しかもキーボードを弾きながらバックコーラスまで付けている。ただし、歌声は相変わらずポンコツだがな。 そしてハルヒはあの閉鎖空間の神人でさえ、聞き惚れて破壊活動を止めてしまいそうな程の歌声を体育館中に響かせる。 『冒険でしょでしょ! ホントが嘘に変わる世界で―― 夢があるから強くなるのよ 誰の為じゃない』 とうとうあの長門までも、曲のリズムに合わせて微妙に身体を揺すり始めた。 俺にしかわからないぐらいに微妙な、小さな揺れではあるが。 あの長門をもノらせてしまうとは、音楽の力とは何と恐ろしいものだろう。 観客はハルヒの歌にあわせ、手拍子を叩く。大勢の人間が一度に手を叩くとこんなにも大きな音になるモノなのか。 正直、その微妙にズレた手拍子に何度かリズムを狂わせかけられた俺ではあったが、 その度毎に古泉が気味の悪いアイコンタクトを俺に送ってリズムを修正してくれる。 そういえばヤツは「バンドにおいてはベースとドラムのコンビネーションが大事」なんて言ってたが、こういうことだったのか。 まあ、さすがに一心同体にまでなる気はないがな。 そして、曲はエンディングを迎える。一層に大きくなる観客の歓声と拍手。 歌い終えたハルヒは肩で息をしている。2曲続けてあれだけの熱唱をしたんだ。疲労も当然だろう。 それと同じくらい疲労している俺も備え付けのペットボトルの水に口をつける。 そういえば懸念されていた腕の痛みは今のところ感じない。何とか持ったみたいだな。 ハルヒは息を整えると、再びマイクに向かって歩み寄る。事前の段取りではここで一旦MCが入るはずだが・・・。 「えー、こんばんは。SOSバンドです――」 ハルヒが観客に向かって語り出す。 「もしかするとあたしとこっちの有希は去年の文化祭の時に見たことあるっていう人がいるかも知れないけど、 そう、去年ENOZのステージに急遽出演させてもらいました。あの時はホントに急の出演で・・・ あまり準備する時間も無かったんだけど・・・今回は自分達のバンドでこうして出演しています」 ハルヒはウサミミを揺らしながら一言一言搾り出すように話す。何というか緊張しているみたいだ。 アイツでも緊張するなんてことがあるんだな。 「私達SOSバンドは殆どのメンバーが楽器初心者で・・・さっきの演奏も上手く出来たかどうか自信ないけど、 練習だけはしっかりしてきたからそんなに恥ずかしくない出来だったんじゃないかしら」 いや、あの観客の盛り上がりを見れば恥ずかしくない出来どころか、とんでもなく素晴らしい出来だったと言えるだろう。 「ああ、ちなみに今演奏した2曲、『パラレルDAYS』と『冒険でしょでしょ?』は・・・ 実は今回の文化祭のためにあたしが作ったオリジナルの曲です。 作曲なんて今回が殆どはじめてみたいなものだし・・・イマイチだったかもしれないけど、 皆凄い盛り上がってくれて・・・ホントにありがとう」 先の2曲が実はハルヒの作詞作曲だったことが判明し、観客は一様に驚いているようだ。 そりゃそうだろう。ハルヒ自身は珍しく謙遜しているが、 2曲共オリコンランキングに入ってもおかしくないくらいのクオリティであり、 そんな曲を一介の女子高生が作ってしまったことには驚きを隠せないってのが普通だ。 「えっと、それじゃあバンドのメンバーを紹介したいと思います!」 さて、文化祭バンドの定番、メンバー紹介である。 事前の打ち合わせでは、ハルヒにコールされたメンバーは各自自分の楽器で短いソロを披露しなければならない、 ということになっている。 「キーボードはあたし達SOS団の萌え萌えマスコット!未来からやってきた戦うウェイトレスにして 狂気のキーボードプレイヤー、みくるちゃん!」 「ふええ~!?いきなり私ですか~!?」 いきなりハルヒに振られた朝比奈さんはまさか最初に自分がコールされるとは思っていなかったらしく、酷く狼狽している。 観客席からは「ウオーッッ!!!」という主に朝比奈ファンクラブの男子連中が構成すると思われる野太い歓声が沸く。 その歓声の中には谷口の声なんかも聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。 朝比奈さんは戸惑いながらもキーボードの鍵盤に両手を添えると流麗なフレーズを弾いてみせた。 その音色はまさに天使の歌声のような甘さを持って、体育館中に響いた。 まあ、弾いているのが天使のようなお方だからな。 「みくる~っ!!めがっさかっこいいにょろよ~っ!!」 この歓声は鶴屋さんに相違ない。あの人もしっかり見に来てくれているようだ。 「ちなみにみくるちゃんは私達が制作した映画『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE01』にも主演しているわ。 みんな是非是非見に行ってね!みくるちゃんの歌う『恋のミクル伝説~第2章~』も聴けるわよ!」 そしてちゃっかり映画の宣伝までしているハルヒであった。 「ベースはSOS団のクールな副団長!古泉君!」 朝比奈さんに続き、ハルヒのコールを受けた古泉は相変わらずのニヤケ顔でベースを構えると、 目にも留まらぬスピードでファンキーなフレーズを次から次に弾き出した。 いつかアイツが披露して見せたスラップ奏法というヤツである。 弦が古泉の指に弾かれる『バチン バチン』という音が響く。 そしてそれを受けて上がる歓声。その殆どが女子の黄色い歓声である。 やっぱりムカツクな。古泉ファンの皆さん、騙されないでくれ。 ソイツは全裸でステージに上がろうとした真性の変態だぞ。 「ギターはSOS団が誇る最強のオールラウンダーにして無口キャラ!有希っ!」 長門はコールを受けはしたものの、ピクリとも反応しない。 オイオイ長門よ、そこは何でもいいからギュイーンといつもの超絶ギターソロをかます所だぞ。 まあ、何と言うかその無反応は予想通りではあるが。そもそも黒魔術にご執心の不気味なギタリストって設定だし、 コレくらいの不気味さやナゾを抱えていた方がちょうどよいのかも知れない。 「ドラムはSOS団のヒラ団員にして雑用係!キョン!」 そして俺の名前がコールされるが・・・なんか随分他の3人と差があるな。 一応そのコールに呼応する形で、適当にドラムソロを叩く。 おお、それでも観客は沸いてくれているみたいだ。その歓声の中に国木田や谷口の声も聞こえる。 アイツらも見に来てくれていたのか・・・。 「そしてボーカルとギターはあたし。去年はギターは殆ど担いでるだけだったけど、今年は少し練習しました。 なので、去年よりはギターの方も少しはマシになっていると思うわ」 そして最後に自分の紹介をするハルヒ。いつもの傲慢な態度はおくびも見せず、 至極恐縮しきった自己紹介である。何かハルヒらしくないな。アイツもやはり緊張していたのだろうか。 そんなことを考えている内に、ハルヒは更にMCを続ける。 どうやら次に演奏する曲の紹介をするようだ。 「それじゃあまた曲をやります!次は・・・皆も知っていると思うお馴染の曲をやるわ。 今回の文化祭出演にあたり、オリジナルのENOZ本人達にも演奏の許可をもらいました。 あたしにとっても去年の文化祭ではじめて歌った思い出の曲です。 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 2曲続けていくわよっ!!!」 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 今回の文化祭で最もみっちり練習してきた曲だし、ENOZのドラムである岡島さんから アドバイスまで受けた曲だ。いくら俺でもこの2曲を失敗するわけにはいかない。 「シャンシャン」という俺のシンバルによるカウント。 それに反応した長門のギターが火を噴く――まさに神業と形容するに相応しいソロである。 去年より正確に、そして更に速くなっている。まさにギターの鬼だ。 そんな長門のフレーズにハルヒの刻むリズム、朝比奈さんの紡ぐメロディ、古泉の重いベースが覆い被さり、 まるで音が鉄の塊のような質量を持って体育館を揺さぶる。 俺はそんな音の洪水に流されぬよう、必死にビートを叩き出す。 『私ついていくよ どんな辛い世界の闇の中でさえ きっとあなたは輝いて―― 超える未来の果て 弱さ故に魂こわされぬように my way 重なるよ いまふたりにGod Bless...』 サビを熱唱するハルヒ。 観客のボルテージも最高潮に達している。地鳴りのような歓声が響く。 俺達5人の演奏に人々がこんなにも熱くなっている。 ――なんて快感なんだろう。音楽ってこんなにもキモチイイものだったのか。 そして、SOS団の5人で演奏することは――こんなにも楽しいものだったのか。 『あなたがいて 私がいて ほかの人は消えてしまった―― 淡い夢の美しさを描きながら 傷跡なぞる』 搾り出すように歌詞を吐き出すハルヒ。 もはや熱唱というより、絶唱という表現が相応しいかも知れない。 ドラムセットから見るその後姿には冗談じゃなく後光がさしているように感じられた。 そんなハルヒに引っ張られるように長門はギターを加速させ、朝比奈さんは鍵盤を叩き壊さんかという勢いで掻き毟る、 古泉はとうとうヘッドバンキングまで始めやがった。 俺も飛び散る汗を気にもせず、無我夢中で両手両足を動かす。 そして曲は再度長門の超絶ギターソロに導かれ、終わりを迎える。 俺は言葉に出来ない快感が体中を電撃のように走り抜けていくように感じていた。 俺の今までの十何年間のどちらかと言えば無難だった人生で、ここまで『自分が今何かを成し遂げている』、 という感覚を味わったことはない。 そんなこれまでの俺の人生の体たらくぶりが恥ずかしくなるような体験を、こうしてステージの上で、 長門や朝比奈さんや古泉、そしてハルヒと共有しているのだ。 こんな体験が出来るなら今までの苦労もどうってことはない、本気でそう考えていた。 次の曲は『Lost My Music』である。 『God Knows...』と同じく曲は俺のシンバルでのカウントから始まる。 長門の流れるようなフレーズで曲の開幕を告げる。まるで戦いの始まりを告げるファンファーレのようだ。 ハルヒが腕を回すようなストロークでコードをかき鳴らす。その動きに合わせてウサミミも揺れる。 古泉はそれまでの指弾きからピックに持ち替え、弦を力いっぱい叩く。 朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、彩りを添える。 『星空見上げ 私だけのヒカリ教えて―― あなたはいまどこで 何をしているのでしょう?』 ハルヒの歌声に導かれ、バンドは更に加速する――と、その時、 俺は急に自分の腕に違和感を感じた。収まっていたはずの痛みがここにきて再発したのだ。 まるで腕が千切れそうな、熱い、苦しい痛みが俺を襲う。 なんてんたってこんな時に・・・。さっきまでは何ともなかったハズだぞ? それともこれまで練習でも4曲ぶっ続けで演奏したことがなかったことが災いして、 とうとう限界が来てしまったのだろうか? とにかく痛い。腕の感覚がなくなりそうだ。 曲の方は今にもサビに入ろうかというその瞬間―― 自分でも全くその感覚がわからなくなってしまっていたが――気付けば俺はスティックを落としてしまっていた。 急に刻まれるのを止めてしまったビート。 最初にその異常に気付いたのは長門だった。ギターを引く手を止め、俺の方に振り返る。 ヤバイ・・・!!早く替えのスティックを取って演奏を再開させねば・・・!! 焦る俺であったが・・・全く持って腕が動かない。どうやら痛みで神経もマヒしてしいるようだ。 他の3人もドラムとリードギターの演奏が急に止まるという異常事態に気付いたようだ。 ビートを失ったバンドは失速し、とうとう演奏自体が止まってしまった。 急に静まり返るステージ。俺の落としたスティックはころころと転がっていき、 ハルヒのマイクスタンドにこつんと当たってその動きを止める。 観客もその異常事態を察知したのか、さっきまでの熱狂はどこへやら急に静まり返ってしまった。 腕の痛みに顔を歪める俺に最初に声をかけたのは古泉だった。 「大丈夫ですか!?」 いつもニヤニヤしている古泉の顔に恐々とした緊迫感が見て取れる。 「ふええ~!?キョンくん、一体どうしたんですか~!?」 そういって駆け寄ってきたのは朝比奈さん。 さっきまであんなに威厳たっぷりに演奏していた彼女も当惑している。 「ちょっとキョン!いきなり演奏止めるなんてどうしたのよ!? って、もしかしてアンタ腕を・・・」 その先は言うなハルヒよ。今まで隠していた俺が馬鹿みたいじゃないか。 長門は液体ヘリウムのような目で事の成り行きを見守っている。しかしその瞳の中には心配の色も見て取れる。 相変わらず静まり返ったままの観客。 そして、ハルヒ達は一様に当惑した表情を浮かべている。最悪の展開だ・・・。 チクショウ・・・俺のせいで・・・演奏が止まっちまいやがった。 しかもこんな最悪の形で・・・。 俺は胸の中を掻き毟られるような憤怒に駆られていた。 それは大事なところでスティックを落としてしまう不甲斐ない自分への憤怒であった。 それでも・・・俺は諦めきれない。こんな形でステージを・・・SOSバンドを終わらせてたまるか! クソッ!動け!俺の腕よ!あと2曲だ、それぐらい何とかなるだろう! それに俺はもう火がついちまってるんだ!腕がぶっ壊れたって構いやしない!最後までドラムをブッ叩いてやるんだ! 必死に俺は腕を動かそうと力を入れる。 「キョンッ!あんた腕を怪我してたんでしょ!?何でもっと早くそのことを言わなかったのよ!?」 と、俺を見つめ、怒鳴るハルヒ。俺はそんなハルヒを見つめ返し、言い放った。 「ハルヒ、演奏を続けるぞ。早くマイクに戻れ。他の3人もだ、早く演奏再開の準備をしてくれ」 そんな俺の発言を聞き、驚いたように目をひん剥いたハルヒは 「あんた馬鹿!?自分の状態をわかって言ってるの!?そんな腕じゃ演奏なんて無理に決まってるじゃない!」 しかし俺は止まらない。 「わかってるさ。俺の腕は限界だ。さっきから痛くて痛くて仕方ない。 でもあと2曲ぐらいなら何とかなる。だから演奏を続けるぞ、ハルヒ」 「何とかなるって・・・」 「そうですよ~キョンくん・・・これ以上演奏するのはムリですよ~・・・」 「僕もそう思います。これ以上は本当に危険です。早く病院に行くべきかと・・・」 朝比奈さんや古泉も俺を説得しようと言葉を投げかける。しかし俺の気持ちは揺らがない。 「俺が大丈夫と言ったら大丈夫だ。それにだ、ここでやめちまったら一生後悔が残る。そんなのは耐えられん」 俺の決意がよほど固いとみたのか、その言葉を聞くや否や長門はスッと黒装束を翻し、自分の立ち位置に戻る。 「アンタ・・・どうしてそこまで・・・」 「それはお前のほうがよくわかってるだろ、ハルヒよ。俺は今このバンドで、このメンバーで演奏するのが 楽しくて楽しくて仕方ないんだ。この瞬間の1分1秒たりとも無駄にしたくないんだ。本当だ。 その気持ちはハルヒ――お前も同じだろ?」 「・・・・・・」 ハルヒも俺の真剣さに気付いたのか、神妙な顔つきをして黙り込んでいる。 朝比奈さんと古泉は互いを見合わせて「どうしたものか」といった表情を浮かべている。 その時、静まり返っていた観客席から声が上がった。 「キョンくんっ!頑張れっ!!」 この声は・・・ENOZの岡島さんの声だ・・・! 見れば岡島さんはじめ、財前さん、榎本さん、中西さんのENOZ全員の姿が客席の最前列にある。 皆今日のステージを見に来てくれていたのか・・・。 「キョンくん負けるな~!頑張るにょろよ~っ!!」 この声は鶴屋さんだ・・・。 「キョン!頑張れーっ!」 この声は国木田・・・。 「立て!立つんだ!キョン!」 谷口まで・・・。 そしてその歓声はやがて観客全体へと広がっていく。 気付けば体育館中に響き渡る「頑張れ!頑張れ!」の大合唱だ・・・。 「ほら見ろ、ハルヒ。観客は俺達の演奏を聴きたがってるぞ。 ここまで来て止めるなんて選択肢は俺には存在しないが」 相変わらずダンマリのハルヒ。俺は更に続ける。 「それにハルヒ、お前の歌、やっぱりスゴかったよ。正直鳥肌が立ったくらいさ。 だからこそ俺はあと2曲、お前の歌が聴きたい。 そしてそんなお前の後ろで俺もドラムを叩きたいんだ。 ヘタクソな演奏だけど・・・それでもこのドラムでバンドを、お前を支えたいんだ。」 そう言いながら俺は痛みに震える腕を何とか動かし、替えのスティックを手に取り、握りしめた。 後から冷静に考えれば、自分で言っていて余りのクサさに卒倒するような台詞だったかも知れない・・・。 しかし、恥ずかしい話、言っていた俺は真剣そのものだった。 ハルヒは一瞬顔を赤らめたものの、頭をブンブンと振ってすぐに表情を戻した。 そしてこれまで以上に真剣な眼差しで俺を見つめ、一言、 「わかった」 とだけ答えた。 そして朝比奈さんと古泉に目配せをする。2人も状況を察したのか、ひとつ頷くとそれぞれの演奏位置に戻った。 長門は既にスタンバイしている。 最後にハルヒがもう一度マイクスタンドの前に歩み寄り、態勢は整った。 観客もその様子を見届けると再び熱狂を取り戻し始めた。 さあ、仕切りなおしだ! 再びビートを刻みだす俺。腕はヒリヒリと痛み続ける。 力が入らないためか、音も随分弱々しくなっている。テンポも遅れている。 しかしそれでも長門のギターが、朝比奈さんのキーボードが、古泉のベースが、 そしてハルヒの歌声が、そんな俺を盛り立てる。 『大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの―― あした目が覚めたら ほら希望が生まれるかも Good night!』 ああ、ハルヒよ。本当に希望が生まれてるぞ。 今にも腕が引き千切れそうな俺だが、それでも何とか叩けているのはこの歌声に引っ張られてるからなのかも知れない。 『I still I still I love you! I m waiting waiting forever―― I still I still I love you! とまらないのよ Hi!』 ああ、本当に止まらないね。例え本当に腕が千切れてもな。 やがて曲は再度の熱狂に包まれながら終了した。 俺は放心状態だった。腕の感覚は正直言って、無いに等しい。 途中から自分がどんなフレーズを叩いていたのかも記憶に無い。 ただ、熱唱するハルヒと必死に楽器をかき鳴らす長門、朝比奈さん、古泉の後姿が見え、 熱狂する観客の歓声が耳に届いていただけだ。 ああ、今すぐにでも大の字になってぶっ倒れたいくらいだぜ・・・。 ハルヒは曲が終わるや否や俺のほうに振り返り、心配そうな視線を向けている。 意識も飛んでいってしまいそうなぐらいに疲弊していた俺だったが、 何とかハルヒの目を見据え、言葉を発することが出来た。 「さあ、最後の曲だ。思い切ってかましてやろうぜ、ハルヒ」 ハルヒは小さく頷き、振り返ってマイクに向かい、語りだした。 「演奏を止めてしまってごめんね、ちょっとトラブルがあったけどもう大丈夫! 気を取り直して・・・次が最後の曲です。今回SOSバンドで文化祭への出演を決めてから最初に作った曲で・・・ この曲をこのSOSバンドのメンバーで演奏することを本当に楽しみにしていました・・・。 歌詞もこのSOS団のことを思い浮かべて書きました・・・」 切々と語られるハルヒのMCに観客は静かに聞き入っている。 「今回こうしてこの曲を皆で演奏できることを本当に嬉しく思っています・・・。 それにこんな大勢の人の歓声まで受けて・・・本当にありがとう! そんな感謝の気持ちも込めて、一生懸命演奏します! それでは聴いてください!『ハレ晴レユカイ』!」 ハルヒがそう叫ぶや否や、沸き上がる観客。 ギターを構える長門、鍵盤に指を置く朝比奈さん、俺の方を見てタイミングを伺う古泉、 そして、メンバーを見渡し、ひとつ大きく頷いたハルヒ。 さあ、本当に最後の曲だ――思いっきりブチかましてやろうぜ!! ハルヒの合図に従い、感覚の無い腕で思い切り俺はドラムを叩く。 唸りを上げる長門のピックスクラッチ。朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、イントロのメロディを紡ぐ。 古泉のベースがステージの床を振動させる。 『ナゾナゾみたいに地球儀を解き明かしたら みんなでどこまでも行けるね』 ハルヒのパート、とうとう5曲通してこの伸びやかで張りのある歌声は輝きを失わなかった。 『ワクワクしたいと願いながら過ごしてたよ かなえてくれたのは誰なの?』 何と驚くことなかれ、ここは長門のパートだ。というかあの長門が歌えることは意外の極みだが、 もともとこの『ハレ晴レユカイ』はハルヒ、長門、朝比奈さんの女性メンバーが交互にボーカルを取るという 異色の一曲である。練習では殆ど歌ってくれなかった長門だったがここにきてやっとその神秘的な歌声を披露してくれた。 何と言うか・・・こんな歌声だったのか。地声と全然違うな・・・。 『時間の果てまでBoooon!! ワープでループなこの想いは――』 朝比奈さんのパート、正直言ってポンコツな歌声だが俺としては萌えるから別に良いのだ。 しかも2台のキーボードで主旋律を奏でながら歌うんだから、まさに神業である。 『何もかもを巻き込んだ想像で遊ぼう!!』 そして3人のユニゾンだ。観客の盛り上がりも最高潮。最前列ではとうとうモッシュの波まで起こっている。 ハルヒと長門のギター、朝比奈さんのキーボード、古泉のベース、俺のドラム、全ての楽器の音がひとつになりステージを揺さぶる。 まさに窓ガラスを割らんばかりの音圧だ。というかマジで割れてるし・・・。 『アル晴レタ日ノ事 魔法以上のユカイが―― 限りなく降り注ぐ 不可能じゃないわ――』 まさに魔法以上のサウンドだ。腕の痛みより先にこの高揚感でぶっ倒れてしまいそうだ。 『明日また会うとき 笑いながらハミング―― 嬉しさを集めよう カンタンなんだよ こ・ん・な・の――』 3人の歌声が体育館に響く。 後姿に汗が飛び散るハルヒ、意外に楽しそうに身体を揺らす長門、身体と一緒に胸も揺れる朝比奈さん。 俺と古泉は必死に3人の歌と演奏を盛り立てる。 古泉は何か変な境地に達したようで、光悦とした顔になってやがる。 ムチャクチャ気持ち悪いぞ。まあその気持ちはわかるがな。 『追いかけてね つかまえてみて――』 俺は感覚の無い腕で必死にドラムを叩く。感覚が無いから叩いたときの感触も手ごたえもわからない。 それでも俺は、今叩き出しているビートが、ハルヒ達の歌声に、そして演奏にジャストフィットしているという不思議な確信があった。 『おおきな夢&夢 スキでしょう?』 ああ、大好きだね。やっと認める気になったよ。 まさにこの瞬間、俺達の夢そしてハルヒの夢が叶ったんだ。 この5人で、バンドとして、ステージに立って演奏して、観客を沸かせる、という夢がな――。 とどまることを知らない大歓声。タカが外れたかのように腕を振り上げる観客。 俺達の演奏は止まることを忘れたかのように体育館に響き渡り続けた・・・。 あの文化祭の後、即刻病院へと担ぎ込まれた俺は、見事に腱鞘炎との診断を受け、 しばらくの間、ドラム演奏は禁止との旨を医者に宣告された。 まあ、俺としても限界だということはわかっていたんだがな。 しばらくはサポーターをつけて、腕に負担がかかることは避けて生活せねばならなくなってしまったわけだ。 あの後、俺達SOSバンドの評判は凄まじく、全校あらゆる所から演奏のデモテープを求める声がどこからともなく上がってきた。 それに気を良くしたハルヒは当初、 「こうなったらCDを作りましょう!そしてゆくゆくはメジャーデビューよ!」 なんて息巻いていたが、俺の怪我であえなくその案は立ち消えになってしまった。 俺としてはホッとしたのと少し残念なのが半々というところだ。 そんなこんなで今日も今日とて、放課後にSOS団の部室に出向き、 今こうして朝比奈さん特製のお茶を美味しく頂いているところだ。 うーん、やはりこうした何も起こらない安穏とした日常が一番落ち着くのかもしれないな。 「キョンくんがスティックを落としちゃったときは本当にびっくりしました」 いつものメイド服に身を包んだ朝比奈さんが俺に語りかける。 「ほんと、もうダメかと思ったんですよ?」 いやいや、あなたに心配をかけるくらいなら俺は何度でもゾンビのように生き返って見せますよ。 「でも、やっぱり楽しかったな~。 私、歌もあんまり上手くないし、昔から音楽の授業も苦手だったけど、文化祭での演奏は本当に楽しかったです。 それにあの時のキョンくん、凄くカッコ良かったです」 あなたにそう言ってもらえるのならば、腱鞘炎にまでなった甲斐があったというものです。 むしろいくらでもなってやりますよ。 「涼宮さんも凄く満足してたみたいですし。これも皆キョンくんのおかげですね。 やっぱりキョンくんは、涼宮さんの期待を裏切りませんでした」 いやいや、買い被りですよ。 「あと・・・実は鍵盤にナイフを突き刺すタイミングをずっと伺ってたんですけど・・・結局出来なかったですね」 やっぱり本気だったんですか・・・朝比奈さん。 「実はですね、僕達のあのパート配置は偶然ではなく必然だったのかもしれません」 ニヤケ顔で古泉が話しかけてくる。必然って何がだよ。 「僕達のパート配置はそのままSOS団での僕らの役割とリンクしてしていた、ということです。 団長の涼宮さんが花形のボーカル、天才型のオールラウンダーである長門さんがリードギター、 団に彩りを添える朝比奈さんがキーボード、そして彼女達を影から支える僕とあなたががベースとドラムです」 まあ、たしかに考え方によってはそうかも知れんな。 「特に、涼宮さんがあなたをドラムに抜擢したのはまさに必然ですよ。ドラムはバンドにおける根幹、 縁の下の力持ちです。あなたはまさにSOS団を支えるキープレイヤーであり、その認識が涼宮さんにも勿論あります。 だからこそ、あなたはドラムを担当したのですよ」 偶然だろ、偶然。 「良いですか?バンドというものはいかにボーカルが上手かろうと、ギターが超絶テクニックだろうと、 ドラムがしっかりしていないと全く魅力のないものになってしまう、と言われています。 だからこそ、あなたがいかにこのSOS団にとって大切な存在か、ということです。 言い換えれば涼宮さんにとって大切、ということでもありますけどね」 いい加減、お前の薀蓄は聞き飽きたぜ。 「まあ、何にせよ、あなたのおかげで僕にしましても非常に有意義な文化祭になりましたよ。 前も言いましたけど、機関の思惑は抜きにして、楽しみたいと思っていましたからね。 涼宮さんの精神状態も安定していますし、言うことなしですよ。これ以上のハッピーエンドは望めません」 そうかい、そりゃあ良かったな。 「ただ、ひとつだけ後悔しているのは、やはり何としても全裸でステージにあが(ry」 五月蝿いぞ、変態。 「・・・マッガーレ・・・」 長門は今日も相変わらず、部室専用の漬物石のようにパイプ椅子に鎮座し、静かに本を読んでいる。 俺は何となしに文化祭の話題をふってみることにした。 「長門、文化祭のステージで演奏した感想は?」 俺の急な質問に、本に向けていた視線を上げる長門。 しかしじっと答えを待つが、沈黙が流れるのみ。俺は質問を変えてみた。 「楽しかったか?」 長門は本に視線を戻ってしまったものの、ポツリとした声で、 「それなりに」 と答えた。 俺は更に続ける。 「というかお前歌えたんだな、なかなか良かったぞ。お前の歌」 長門は表情を変えず、コクンと小さく頷いた。その頷きがどういう意図かはわからん・・・。 「また、来年も出てみたいと思うか?」 その質問に対する答えは返ってこなかった。 しかし俺は、長門の手が時折本から離れ、その指がステージで見せたように―― 目にも留まらぬ速さで動いているのを見逃さなかった。 その日、SOS団の部室にはいつになってもハルヒがやってこなかった。 今日は掃除当番でもなんでもないはずだし、一体どうしたのだろう? いつものアイツならいの一番にこの部室にやってきて、朝比奈さんをオモチャにしたり、 ネットサーフィンに励んでいるというのに・・・。 「涼宮さん、今日は遅いですね・・・」 心配そうな朝比奈さん。 「俺、ちょっと探してきますよ」 そう言い残し、俺はハルヒ探索の校内行脚へと向かった。 結論から言うと、ハルヒは中庭の芝生にゴロンと寝転がって空を見つめていた。 こんな光景は確か去年も見たような気がする。 「よう。こんな所で何してるんだ?団長ともあろうものが活動に顔を見せなくてもいいのか?」 そう声をかける俺にハルヒは空をボーっと見つめたまま答える。 「何よ、あたしの勝手でしょ。 それよりキョン、あんた腕の具合はどうなのよ」 「どうもこうもない。前に言ったとおり腱鞘炎で絶対安静だ。ドラムなんかしばらく叩けんぞ」 俺は苦笑しながら答える。 「あっそ」 そう呟くとハルヒはまた空をボーっと見つめ始めた。 俺はふとハルヒにこんな質問を投げかけてみた 「なんでバンドなんかやろうって言い出したんだ?」 ハルヒは少しムッとして、 「何よ、あんたまだ不満でもあるの?」 「いや、別に。何となくだ」 それからしばらく黙って空を見つめ続けていたハルヒだったが、 急に思い立ったように語りだした。 「去年、あたしと有希が飛び入りでライブをやったでしょ――」 ああ、そんなこともあったな。 「あの時、ろくな準備も出来てなくて、本物のENOZに比べたら全然稚拙な演奏だったかもしれないけど――」 そんなこともなかったと思うけどな。 「凄い楽しかったのよ。それで『自分が今何かをしてる』って、心底そういう気分になれたの――」 「お前はいつも何らかの騒動を巻き起こしているし、十分何かをしてる気分を味わってるんじゃないのか?」 「そうだけど・・・っていちいち揚げ足取るんじゃないわよ!」 スマンスマン。 「とにかく、あんなに楽しくて充実感を味わった経験はこれまでになかったのよ」 ハルヒは一層遠い目をして空を見上げる。 「それで単純に、あの楽しさと充実感をあたしと有希だけじゃなくてSOS団の皆で味わいたいなって。 そう思っただけよ」 なるほどな。 俺はやっとなぜここまでハルヒがバンドに熱意を注いだのか、俺にドロップキックを食らわせるまでに夢中だったのか、 その理由が完全に理解できた気がした。だからこそその後の台詞もすんなりと吐き出せた。 「俺は楽しかったぜ。腱鞘炎も気にならなかったくらいに、な。 長門も朝比奈さんも古泉もきっと俺と同意見さ」 ハルヒはフンと鼻を鳴らし、 「当たり前でしょっ!この私の完璧な計画に狂いはないのっ!」 と言い放つ。 起き上がるハルヒ。俺は続けざまに言葉を投げた。 「それでお前は――楽しかったか?」 「当たり前でしょ!!」 満面の笑みである。 ぶっ倒れそうなくらいの疲労と腱鞘炎の代償がこの笑顔だって言うなら―― きっとお釣りが来るぐらいだね。 立ち上がり、急に俺に顔を近づけるハルヒ。 オイオイ、顔が近すぎる!息がかかるって! 「今回の文化祭であたし達SOSバンドの評判はうなぎ上りだわ! キョン!あんたの腕が治ったら早速デビューアルバムのレコーディングよ!」 マジかよ・・・。 「そうすると、スタジオを借りなきゃいけないし、レコーディングの仕方も学ばなきゃね。 早速軽音楽部に言って色々聞いてきましょ」 オイオイ、いくらなんでも気が早いんじゃないのか? 「何よ、今度はあたし達SOSバンドが日本の音楽シーンを変革させるときが来たのよ! あんたもドラムが叩けないならその間機材の使い方でも勉強しなさい!」 んな無茶な。 「さあ、SOSバンドの活動はまだまだこれからよ!!」 ハルヒが俺の手首を掴み、引きずっていく。コレも去年と同じ光景だ。 ただ去年と違うのは、俺の手首を握るハルヒの力が少し強かったことと、 俺がどうしようもなく気恥ずかしかったことだがな。 この後、SOSバンドのデビューアルバムがレコーディングされることは無かった。 別に、ドラマーが一生ドラムを叩けないほど腱鞘炎が悪化したからとか、 ベーシストがワイセツ物陳列罪で逮捕されたからとか、 そんな理由からではない。 要はハルヒの興味が完全に別のことに移ってしまったからなのである。 俺達がステージで最後に演奏した『ハレ晴レユカイ』は、 5曲の演奏曲の中でも最もその反響が大きかった。 それに目をつけたハルヒがこの曲のPVを作成してDVDに焼いて売り出そうとか言い出したのだ。 そもそも音源が無いじゃないかという俺の主張は、後に演奏を別取りして被せるということで却下されてしまった。 まあ、別にPVを作るのはよい。ドラムを叩くよりはラクだしな。 ただ・・・なぜに俺達がPVで珍妙なダンスを踊ることになってしまったのであろう!? ハルヒ考案の振り付けは正直無茶苦茶恥ずかしい・・・。 そして今日も今日とて、部室では振り付けの特訓が行われている。 「ちょっとみくるちゃん!今のタイミング遅れてたわよ!」 「ふええ~、振り付けなんてムリですよ~、身体が動きませ~ん・・・」 「古泉君!最後のジャンプは画面のフレームから首から上が外れるくらい高く跳躍しなさい!」 「団長の仰せのままに」 「有希!あんた振り付けは完璧だけどその無表情をもうちょっと何とかしなさい!画面栄えしないわよ?」 「・・・・・・」 こんな感じである・・・。 「ちょっと、キョン!また間違ったわよ!やる気あるの!?」 ハイハイ、真面目にやってますよ・・・。 この珍妙なダンスを収めたPVがどういった形で世に出るのか・・・。 そしてそれが出てしまったら最後、本格的に俺達は変人の烙印を押されてしまうのではないか・・・。 そんなことを考えながら、今日も元気な団長様の声に耳を傾けている。 古泉は俺が、『SOS団の縁の下の力持ち』だと言った。 ああ、そうさ。俺はこのSOS団を、ドラマーのように、後ろからしっかり支えていく運命にあるんだよ。 だからな、ハルヒ。お前がどんな無理難題を言い出そうと俺は後ろから支え続けるぞ? 無論、腕がぶっ壊れようとな。覚悟しとけよ? そして、まあそんな日が万が一、億が一にも来るかはわからんが、 いつの日か、お前の後ろじゃなくて―― お前の隣に立って―― どこまでも支えていってやりたいなんて―― そんな柄にもない恥ずかしいことを考えたりして、な。 ―――END―――
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俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか 言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない ごくごく普通の日常であると断言できる。 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に 俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、 確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、 細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。 相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による 食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。 「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。 それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、 「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。 そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。 ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、 「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」 そんなことをしみじみとつぶやく。 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、 この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな…… ……この時まで俺はそう確信していた。 ◇◇◇◇ 「ちょっと公園で一休みしましょう」 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。 「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」 「ふえ~」 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、 ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。 アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも 文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で 無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。 「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」 「何で俺が」 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、 「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい! あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。 いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。 ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。 あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に 自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。 ――キョンっ!? 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で 気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。 当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―― ◇◇◇◇ ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて―― ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ…… 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、 肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる…… ――キョンくん……どうして……こんなことに―― 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して 全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも 動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。 いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。 はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と 激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした? しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―― ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。 ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう…… ――やあ、キョン―― ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに…… ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね? ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ…… ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―― 俺はここで眠りに落ちた…… 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、 起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく 頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても 無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い―― そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。 らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―― あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ…… それから果てしない時間が過ぎたような気がする。 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。 ――あきらめないで。 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか? ――今、わたしは何もできない。 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ? ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。 そうだ、また退屈になったら話してくれないか? ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。 なんだ? ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。 ――そして、世界は消滅する。 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな…… そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。 そして、俺はゆっくりと目を開いた…… ~~その1へ~~
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4 章 朝、職場のドアを開けようとしたらカギがかかったままだった。いつでも出社一番乗りのはずのハルヒはまだ来ていないらしい。俺は自分の合鍵でドアを開けた。 「誰かハルヒ見なかったか」 昼近くになっても部屋が静かなので聞いてみたのだが、三人とも顔をブンブンと横に振った。あいつが遅刻するなんてめずらしい。ヘンなもん食って腹でも壊したかな。 「おっはよう!今日も気分爽快!」 そうかい、なんてくだらないダジャレはやめておくとして、我が社長様は午後五時を過ぎてやっと顔を見せた。 「やっと来たか。連絡くらい入れろよ」 「したわよ。これでも仕事してたんだから」 ハルヒの机の上にある内線兼留守電は留守番モードになったままだった。忘れていた。 「今日打ち合わせとかあったっけ」 「特許庁よ。弁護士雇って特許庁に行ってたの」 ハルヒは鼻を高々と上げてフフンと俺を眺めた。なんだその人を小ばかにしたような態度、俺だって特許庁くらい知ってるさ。早口言葉にもあるくらいだしな。 「待て、特許庁って東京だろ。そんなとこまで何しに行ったんだ」 「決まってるでしょ、タイムマシンを特許申請してきたのよ」 「ってまだ実験段階なのに気が早すぎんだろ」 「なにいってんのよ。特許申請なんてものはねえ、実現の見込みさえあればどうでもいいのよ」 それは言いすぎだろう。特許庁のお役人が聞いたら顔真っ赤にして怒るぞ。 「ともかく、特許は先に取ったモン勝ちなのよ。タイムトラベルだけで十二件も公開されてるんだから。自分で調べてみなさい」ハルヒはパソコンのモニタをペンペンと叩いた。 「まじかオイ」 「そのうちの数件には実際に物理学会で発表された理論も含まれてるわ」 世の中には俺たち以外にも酔狂なやつがいるもんだな。 「仮によ?この理論が実用化したらこの特許権を持ってる人は技術独占状態にできるわけよ」 いつになく現実的なハルヒに俺は少しだけ感心した。 俺はハルヒの机から申請書類の控えを取って読んだ。ゼニガメを利用した時間移動技術なんて、こんな無茶苦茶な理論が審査通るはずが……、 「おいハルヒ、発明の名称が間違ってるぞ。time planeじゃなくてtime membraneだ」 朝比奈さんがハッとしたような顔をしていた。既定事項がひとつ成立したようだな。 「あら、そうだっけ?まあいいじゃない似たようなもんだし。取ってしまえばそれまでよ」 プレーンとブレーンじゃ月とスッポンくらいの意味の開きがある気がするが。結局訂正するのを忘れていて、TPDDとして特許公開されてしまうのはもっと先の話である。 コーヒーに垂らした銀河をスプーンでぐるぐるとかき混ぜる規模の長門の試算とやらが終わり、俺もかなり記憶が混乱しているところだが、タイムマシンを作る方向性というか安全対策というか長門のパトロンがしぶしぶOKを出した方法で進めることになったようだ。ハルヒの訳分からん願望とやらに付き合わされる思念体もご苦労なことだ。 ゼニガメがタイムトラベルという芸当を見せてから、ハルヒはソフトウェアの営業もろくにしないで研究室にこもっていた。 「くーっ!いったいいつになったら成功するのかしらね」 このところ機嫌が悪い。それもそのはず、失敗が続いた実験が通算で一万回を超えたのだ。そのうち成功したのがたった二回。0.02パーセントの確率かよ、ぷっ。 「まあそう簡単には無理だろ。俺たちが簡単に作れるならNASAやらCIAやらが黙っちゃいないって」 「それはそうだけど。一万回よ一万回。あんた、どれだけ経費かかってるか知ってる?試したゼニガメは五百匹、水槽が五十個、スッポンの養殖してるわけじゃないのようちは」 そうそう。わが社の歴史に残る珍イベントで取締役から社員共に総出でゼニガメ買い出しに行かされた。近隣のペットショップやらホームセンターだけでは飽き足らず、鶴屋さんちの庭の亀まで総動員されたのだ。どんどん納入される亀と水槽の数に会議室だけではスペースが足りず、たまたま空室になったお隣さんを借りて亀専用ルームにあてた。実験の結果タイムトラベラー失格の烙印を押されたかわいそうな亀たちは、スペース節約のため近所の小学校やら近隣の動物園やら水族館やら、水のある施設には手当たり次第に寄贈として養子に出されている。 爬虫類に少なからず親近感のある俺は、亀に番号をふってその後の成長を記録していけばいい生物学的統計が取れるんじゃないかと言ったのだが、そんなことタイムマシンができたら簡単にやれるわよと言われてがっくりと肩を落とした。 「世紀の大発明なんだ。いくらかかっても十分すぎるくらいの見返りはあるだろうさ」 まあ会社の経費で払っている月々のエサ代と、室温を維持するために二十四時間フル稼働させてるエアコンの電気代は半端じゃなかったが。 「もう、早いとこタイムマシン作って時間旅行したいのにぃ」 ハルヒは唸り声を上げて机に突っ伏した。そう簡単に完成なんかされたら俺も朝比奈さんも困ったことになるのだが、いったいいつの時代に行きたいんだろう。 古泉の携帯が鳴った。長門が宙を見つめた。 「すいませんが、顧客と打ち合わせに行って来ます」 「おう、気をつけてな。直帰でもいいぞ」 古泉があたふたと出て行った。たぶん閉鎖空間の始末だろう、ご苦労だなまったく。 それに加えて、ハカセくんがそろそろ試験前なので実験は二ヶ月間中止することになった。併せてハルヒのダウナー度も増した。 「もう、タイムマシン作るのやめようかしら……。ハカセくんもいつまでも付き合えないだろうし」 こんなことを言い出すのはハルヒらしくない。今までずっとこいつは、目標に向かって全速力で突っ走るイノシシみたいなやつだったからな。 「ここでやめちまったら、出資してくれた鶴屋さんに申し訳ないだろう」 「今ならまだふつーの事業をやる会社に戻れるわ」 「それが嫌だから自分で起業したんじゃなかったのか?」 「まあ……そうだけど」 「俺は別にやめてもかまわんが、お前がやめちまったらたぶん人類は時間移動技術で数世紀遅れてしまうことになるだろうな」 そう。こういうとき、俺の出番なのだ。ハルヒが道に迷ったり、暴走して崖から落ちそうになったり、疲れて道端に座り込んだりしたとき、フォローにまわるのは俺なのだ。 「あんた、ほんとにタイムトラベルなんかできると思ってんの?」 「おうよ。だからお前に付き合ってこんなわけ分からん会社やってるんじゃないか」 「ホーキング博士が言ったわ。タイムトラベルが不可能であるという根拠は、未来からの観光客が未だに現れないからだ、って」 「UFOは未来人が乗ったタイムマシンなんじゃないかって説もあるぜ。オーパーツは未来から送られてきたんじゃないかって説も」 それを聞いてハルヒは、うーんと唸った。 「そうだ、思いついたわ」 またか……。そのフレーズはいい気分で飛ばしていた車のルームミラーに突然映った白バイ並みに、俺の寿命を縮めてる気がするぞ。 「今度はなんなんだ?」 「タイムマシンはなくてもタイムトラベルはできるわ」 「どうやってだ」 「タイムカプセルよ」 なるほど。超低速時間移動か。俺も長門のマンションでやったことがある。三年間、いわばカチンカチンに凍ったまま時間を超えたのだ。 「未来のあたしに手紙を書くわ。これなら確実に届くでしょ」 「ま、まあ、昔からやる手だがな。なにを書くんだ?」 「タイムマシンが完成したらすぐ迎えに来なさい、または手紙をよこしなさい、よ」 分かった。ハルヒは今すぐタイムマシンを手に入れたいのだ。開発までの道のりがいかに長くても、完成してしまえば一足飛びに自分のところに来れるはず。そう考えたのだろう。まるで漫画のネタみたいな、今から貯金をはじめてタイムマシンで未来に行き、貯まった金を自分から奪うような話だ。そんなことをしなくても朝比奈さんに頼めばメッセージくらい簡単に届けてくれそうだがな。 まあハルヒがやるというんで黙ってやらせることにしよう。タイムカプセルなら放っておいても勝手に届いてくれるだろう。 「みんな、ちょっと聞いて。我が社はタイムマシン開発の予備段階として、タイムカプセルを作ることにするわ。開封条件はタイムマシンが完成したときね。みんな、自分宛てになにかメッセージを書きなさい」 まるで七夕の願い事を書くようなノリである。そんないつになるか分からん未来になにを伝えろってんだ。 「ちゃんと封をするのよ」 用意のいいことに封緘紙まで持ってきた。 ── 俺へ。犬が洗えるくらいの庭付きの一戸建てを買ったか?長門とはうまくやっているか?さっさとハルヒを誰かに押し付けてしまえ。 さして願い事もない俺が書いたのはそれだけだった。いつかの七夕にも似たようなことを書いた気がするが。 ハルヒは台所用品のシュリンクパックに手紙を突っ込み、空気を抜いて真空にした。A4用紙に開封条件を書いてるようだが、開けちゃだめと金庫の中に書いてあったらどうやってそれを知るんだ?やたら安易な気もするが、まあハルヒのやることだ。ほかに開けるやつもいないだろうし。 「タイムカプセルってどうやって作るんだ?」 「核攻撃下でも耐えるファインセラミックスで固めて地中深くに埋めたいところだけど。もしかしたら数年後かもしれないから、簡単でいいわ」 「金庫にでもしまっとくか」 「それじゃ味気ないわね。大理石の板で作りましょう」 「そんなもん、どこで手に入れるんだ」 「墓石屋にいけばあるでしょ」 墓石は大理石じゃなくて御影石だが。機関が墓石を扱ってるとか言ってたんで古泉に頼もう。 「僕そんなこと言いましたか?」 「言った言った。ゆりかごから棺おけまで何でも揃うと」 「すいません。あれは言葉のアヤです」 口からでまかせだったのかよ。古泉は照れて額をペンと叩いた。しょうがないので二人でホームセンターを探しまわり、墓石屋にもなく建材店でやっと見つけた。歩道や公共施設なんかで見かける敷石らしい。一辺が六十センチの正方形で、厚さ五センチの大理石を手に入れた。 会社に戻ると部屋の奥からガンガンとやかましい音がしていた。なにやってんだろうと覗いてみるとハルヒがタガとカナヅチで壁を削っている。壁紙がひっぺがされてセメントが剥き出しになっていた。 「おい、会議室でなにやってんだ」 「見て分からないの。穴を掘ってるのよ」 「ビルのオーナーに怒られるぞ」 「タイムカプセルを埋め込むためよ。バレなきゃいいの」 ハルヒが壁を叩くとセメントのくずがボロボロとこぼれてきた。意外にもろいのな。ここが刑務所なら爪切りで削ってでも脱走できそうだ。もしここで監禁されたら脱走する方法として覚えておこう。 「おい、先に帰るぞ」 退社時間になってもガンガンと工事の音が続いていた。ハルヒの足元に、朝比奈さんがおにぎりを、長門がポカリスエットとカロリーメイトを置いていた。古泉はサロンパスを置いた。 「あら、ありがと。もうそんな時間?先に帰っていいわ」 セメントの粉をかぶってホコリまみれになったハルヒがいた。一日かけて大理石の板と同じサイズの凹みができたようだ。 ハルヒはさらに二日掘りつづけて、それより縦横が十センチほど狭い奥行きのある凹みを作った。もっと深く掘ろうとしてたようなのだが、途中でビルの骨組みのようなH型の鉄骨が現れ、そこで断念したらしい。 「できたわ!」 安全第一のヘルメットを被り、ヘッドライトをつけたハルヒが叫んだ。どうやら徹夜だったらしい。額の汗をこすった跡が汚れて青函トンネルの二十年の穴掘りから帰ってきたような顔をしていた。こういう作業だけはまめにやるんだなこいつは。長門に頼めばレーザーかなんかでさくっと掘ってくれそうなのに。 掘った穴のでこぼこを石膏で塗り固め、平らにならした。赤いビロードの布を貼り、ちょっと豪華な埋め込み式の金庫が出来上がった。 「さあ、未来にメッセージを託すわよ」 古泉、長門、朝比奈さんも付き合って手紙を納めた。長門の手紙の内容を聞いてなかったな。あとで尋ねてみよう。 その上から買ってきた大理石をはめ込み、溝をパテで埋めた。手紙を取り出すときはハンマーかツルハシでぶっ壊すしかないだろうな。未来へのメッセージは無事封印され、ハルヒはなにを勘違いしたか、かしわ手を打っていた。神棚じゃないっての。 昼飯の弁当を食っていると、突然カメラのストロボを十台くらい光らせたような閃光が走った。 「キタワー!!」いつもより二オクターブくらい高いハルヒの声が響いた。 「なにがだ」 「手紙よ手紙。たった今、あたしの机の上に現れたのよ」 俺を含めた四人は何が起こったのかピンと来ず、とくに驚いた様子も見せなかった。 「なによあんたたち、もっと驚きなさいよ」 「それで、誰からなんだ?」 「もちろん、未来のあたしからよ」 「お前のことだから突っ返してきたんじゃないか?」 「違うわよ。真新しい封筒よ」 まじで返事が来たのか。俺は朝比奈さんと長門の顔を見た。二人ともかわいい目をまん丸にして、唖然としている。 「なにが書いてあるんだ?」 「これから読むわ。古泉くん、カメラの用意をお願いね。今日は我が社にとって、いえ、人類にとって記念すべき日よ」 「かしこまりました」 古泉が機材ロッカーを開けてゴソゴソとビデオカメラとライトを取り出した。しょうがない、俺が照明をやってやる。 「撮影スタンバイオーケーです」 「カメラ回して」 カメラの液晶モニタに赤いRECのマークが入った。 「えー、あたしは株式会社SOS団の社屋にいます。予てより、我が社はタイムマシンを開発中である。昨日、未来に向けてタイムカプセルを送った。そして今、未来から返事が来たのであります。読み上げる」 微妙に語尾が混在したセリフを吐きながら、ハルヒが封筒の封を切って手紙を取り出した。 ── 前略、あたしへ。あんたの手紙は読んだわ。おめでとう、あたしたちはタイムマシンの開発に成功しました。でもまだ、質量の小さいものしか送れません。成功率もなかなか低くて、まともに送れるのは二十回に一回ってところね。成功率が八十パーセントを超えたら、ハカセくんが論文を書いて世界に向けて発表するわ。 ── タイムパラドックスの危険があるから、今のあんたから見て何年後かは言えないけど。まあ、気長に待ちなさいね。ハカセくんの話では、人を送れるようになるまでにはあと十数年くらいはかかりそうってことよ。 ハルヒはそこで深呼吸をして文末を読み上げた。 「株式会社SOS団代表取締役社長、涼宮ハルヒ」 「すごいわ涼宮さん。とうとうやったのね」 朝比奈さんが拍手した。なんかすごくデジャヴを感じているのだが俺だけか。 「あ、待って。まだあるわ。追伸、このメッセージは十秒後に消滅す……」 ハルヒの手にあった手紙は、まるで急に発火点に達したあぶり出しのように燃え広がった。 「おわーっ!!火事よ火事、あたしの手が火事!」 「キョンくん、消火器!消火器!」 「はいっ」 よほど慌てていたのか、俺は粉末消火器のホースをハルヒに向けてぶっぱなした。十五秒間、わき目もふらず一心不乱に消化剤を撒いた。あまりの壮絶さに誰も止めなかった。 部屋に充満する甘酸っぱい匂いのする消化剤を吸い込んで、全員咳き込んだ。ハンカチを口に当てた長門が慌てて窓を開けた。 「バカキョン!もう、なに考えてんのよあんた」 「す、すまん。大火事にならないかと心配で」 ゆっくりと霧が晴れるように部屋の中が見えてきた。真っ白な髪に全面おしろいを塗りたくったかのような四人が立っていた。 モウモウと立ち込める真っ白な煙の中から、これまた真っ白なゾンビのようなハルヒが現れた。昭和アニメ風に言うなら、そしてハルヒは真っ白な灰になった、とでも表現しようか。俺たちは互いの顔を見た。一瞬の後、大爆笑に見舞われた。全員がパンダみたいに目だけを残してミイラになっちまってる。 鼻の穴まで真っ白になったハルヒは涙を流して笑いながら怒鳴った。 「バカキョンにアホキョン、まったくもう!腹立つわ。あたしったら何考えてんのよ。消滅するなら最初に書いときなさいよね」 これぞひとり突っ込みだな。 片付けは当然俺がやらされた。ちなみに、ハルヒの手の上で燃え広がるシーンまでの映像はちゃんと撮れており、公式社史に残されている。 雑巾でせっせと部屋を掃除するというサービス残業をしていると、ハルヒが壁に大きな額縁を飾っていた。四つ切くらいの額の中央に、紙のきれっぱしのようなゴミが貼り付けてある。 「ハルヒ、なんだそれ?シュールレアリズムかなんかか?」 「さっきの手紙に決まってるじゃないの。我が社の記念すべき書類よ」 ハルヒは不機嫌極まりない様子で叫んだ。そういえば、なんとなくだが書類の燃えカスっぽいな。ところどころ粉っぽいのは消化剤か。封筒は全部燃えてしまったらしく、“ルヒ”と、ちょうど手紙の右下の署名の文字部分だけが残っている。 それから数日してのこと。こないだ頼んだ石材店から、もう一枚同じ大理石が届いていた。頼んだ覚えはないんだが、なにかの間違いだろうと電話をかけようとしたところ、ハルヒが土木作業員のような格好で現れた。家を壊せそうな、でかいハンマーを背負っている。黄色い安全第一ヘルメット、ランニングシャツ、腹巻、ニッカポッカに地下足袋をはいていた。その様子があまりに似合いすぎていて、口の周りに丸く黒ヒゲでも描いてやろうかと思ったほどだ。 「労働者ごくろう。だがあんまり腹が立ったんでビルを壊すとかいうなよ」 「そんなことしないわよ。手紙を追加するだけよ。あんないたずらされて黙っちゃいられないわ」 自動発火装置付きメッセージが相当頭に来たらしい。 「古泉くん、カメラお願い。この情報化時代に手書きの文字なんか古すぎるわ。映像を直接送るの」 「未来に再生装置がなかったら読めないだろ」 「あんた知らないの?どんな未来でも骨董品屋があって、古い電子機器が売られてるのよ」 そりゃ映画の話だろう。ガソリン車だったのがバナナの皮と飲み残しの缶ビールで走る核融合エンジンになったんだったか。かわいい十六ビットパソコンが出てたな。 「カメラ、スタンバイオッケーです」 「いくわよ」 ハルヒはお触れを読み上げるお役人のようにA4レポート用紙を広げた。 「これは未来へのメッセージである。開封条件は一通目の手紙を読み終えること、タイムマシンが完成すること」 ハルヒは読むのを止めて、カメラに向かって指さした。 「あんたの自動消滅する手紙ではひどい目にあったわよ!いたずらもほどほどにしなさいよね」 白ゾンビを思い出したのだろう、古泉が笑いをこらえていた。 「未来に対し、以下の四点を要求する。 ひとつ、そのへんで撮った写真を送りなさい。 ふたつ、あんたの髪の毛を送りなさい。本物かどうかDNA鑑定するわ。 みっつ、一週間分の新聞を送りなさい。 よっつ、タイムマシンの設計図を送りなさい。以上。 追伸、もしこれらの要求が受け入れられない場合は、時限発火装置を送るからそう思いなさい」 なに物騒なこと言い出すんだ。相手は自分だぞ。 「カメラ止めていいわ」 「この映像、どうやって送るんだ?」 「編集してDVDに焼いてちょうだい」 「それはかまわんが、DVD-RはふつーのDVDビデオと違って寿命が短いらしいぞ」 「そうなの?じゃあビデオテープでもいいわ」 「磁気テープもあんまり長くはもたんだろう」 「じゃあどうすんのよ」 「半導体メモリとかのほうがよさそうだ」 「携帯とかデジカメとかに入ってるあれ?なんでもいいわ。送れるようにしといて」 メモリといえば俺が朝比奈さんに言われて花壇で拾い、知らない誰かに送ったあれもそうだったが、なにか関係あるんだろうか?朝比奈さんに疑問符を投げてみるが、にっこり笑っただけだった。禁則事項らしい。 ハルヒはハンマーを抱えてのっしのっしと部屋の奥に歩いていった。 「おい、なにするんだ」 「二通目を入れるから大理石を壊すのよ」 ビルが倒壊するんじゃないかと思うような音がげしげしと聞こえてきた。その場にいた全員が耳を塞いだ。ハンマーを大きく振りかぶって大理石をぶっ壊している。まったく激しいやつだな。 俺はビデオカメラをパソコンに繋いで、映像を抜き出した。こないだの自動発火装置付きメッセージのシーンを再生して何度も笑わせてもらった。 「あれっ、ないわ」 ハルヒの声が響いた。なにごとかと奥の部屋へ行ってみると、足元には大理石の板が粉々に砕け、タイムカプセルの穴に顔を突っ込んでわめいている。 「どこにもないわ、キョン!手紙どっかにやったでしょ」 「知るかよ、最後に石を封印したのはお前だろう」 「そうだけど……」 覗き込んでみるが空っぽだった。長門を見てみるが首を横に振っていた。朝比奈さんは、こめかみに指を当てて考え込んでいる。 「向こうで手紙を受け取ったのだから、なくなったのでしょう」古泉が口を挟んだ。 トンネルじゃあるまいし、そんなはずがあるか。手紙がないってことはこの時間でタイムマシンが完成したってことじゃないか。……って、え? 「それもそうね。まあいいわ、次の手紙を入れるから。キョン、今日中に編集しといて」 ハルヒは、手紙が消えても何の不思議もないかのような顔をしている。そんなんで納得していいのか。 「じゃ、ちょっと早いけどお昼にしましょ。あたしは健康ランド行ってくるわ。いい汗かいたし」 ハルヒはSOS団建設とでも名称変更できそうな勢いで、すがすがしいんだかよくわからない労働の汗をタオルでごしごしと拭きながら出て行った。 ここで緊急会議である。四人は顔を突き合わせてあれやこれやと意見を出し始めた。 「これはミステリーですね。密室にあったはずの手紙はどこへ消えたのか?」 推理好きな古泉が安っぽいサスペンスドラマっぽく仕立て始めた。 「壁の向こう側から盗まれたんじゃないかしら?」 朝比奈さんが穴の奥の壁を探っていた。 「向こう側は廊下ですよ。それに穴は鉄骨で止まってますから」 「……」 長門だけはじっと考え込んでいた。 「どうした?」 「……この穴の内壁」 穴の内側をなぞっている。指先に、微妙に光を反射する粉がついていた。でこぼこを埋めたときの石膏かと思ったが、そうでもないようだ。 「……微量だが、エキゾチック物質が残っている」 「なんですって」 「どういうことだ?」 「……ワームホールが発生した形跡がある」 「ということは、手紙はほんとにタイムトラベルして向こうの時間に行ったんですか」 「……そう、推測する」 まさか、ありえないだろ。今日はエイプリルフールか。お前ら、俺をかついでんだよな。 「どうやったらそれが可能なんですか?」古泉が興味津々だ。 「……時間移動の方法はいくつかある」 前にもそんなことを言ってたな。 「原始的な方法として、エキゾチック物質で粒子-反粒子間のトンネルを押し広げ、質量のある物体を移動させるやり方がある。今回の現象は、それに該当する」 「それはかなり不安定だと聞いていますが」 「……涼宮ハルヒが、それを成功させた」 「これもまた涼宮さんの能力ですか……」古泉が考え込んだ。 「俺にはなにを言ってるのかよく分からんのだが」 俺が割り込んでも、古泉は説明もしない。 「長門、俺にも分かるように説明してくれ」 「……うまく言語化できるか分からない」 長門はホワイトボードに、蜘蛛の巣を二つ、その中心を貼り合わせたような図を描き始めた。俺は何度も何度も小学生のような質問を繰り返し、ようやく飲み込めたところでは次のような説明だった。 ── 宇宙を作っている素粒子、原子よりずっと小さい物質の大元みたいな小さな粒は、二つのペアになっている。粒子がプラスで反粒子はマイナスだと考えればいい。その二つのペアの間は不思議な力で繋がっていて、それがワームホールになる。そのトンネルを大きく広げてやれば、人でも猫でも、宇宙船でも通り抜けられるという理屈だ。 さらに、反粒子は時間を逆行して存在してるらしいので、ワームホールを抜けると時間を超えることもできる、らしい。ただし穴の壁は壊れやすく不安定なので、エキゾチック物質という負のエネルギーを持つ物質で内側を支えてやらないといけない。 なんだか前にも似たような話を聞いたような覚えがなくもないが。 「それをハルヒが無意識にやっちまったってのか」 「……それ以外、妥当な答えがない」 なるほど。ほんとかどうかは知らんが、やっぱ物理学は俺の頭じゃ無理だわ。 「あの……」 いちばん時間移動に詳しい朝比奈さんが、やっと口を開いた。 「これは歴史の転換点かもしれません。わたしの知る歴史とはまったく違う時間移動技術の発明過程です」 「これって朝比奈さんの所属する時間移動の組織と関わりがあるんですか」 「もう違う流れに変わってしまったので話しますけど、この会社は時間移動技術研究所の前身なんです。その、はずなんです」 「SOS団がタイムトラベルを管理?」 「いえ、涼宮さんがはじめて、もっと後の世代でやっと実用化した技術なんです。ここは、ほんの始まりに過ぎないの」 「ハルヒが開発を前倒ししたってことですか」 「まだ正確なところはなんとも言えないです。こんなのははじめてで……」 朝比奈さんは長門に尋ねた。 「長門さん、ひとつだけ分からないことがあるんです。涼宮さんはどうやって時間を指定したんですか?」 「粒子の存在する時空、つまり、目的の時間の粒子ペアを持つ反粒子を使った」 「その粒子を見つけられる確率は?」 「……見つけたのではない。涼宮ハルヒは自ら反粒子を作り出した」 長門は両手をパンパンと打ち合わせた。 「あの、かしわ手?」 「……そう」 まさかあの仕草にそんな意味があったんだとは。 ハルヒの命令で俺は、動画を編集するために昼休みを潰すはめになった。メモリカードを渡すと、うやうやしくアルミホイルで包んで小箱に入れ、ラッピングしてご丁寧にリボンまで付けてタイムカプセルに収めた。こないだと同じ手順で重たい大理石の蓋をし、隙間をパテで埋めてかしわ手を打った。ついでに祝詞でも唱えりゃ効果倍増するんじゃないのか。 二通目の返事は同じメモリカードで来た。部屋が一瞬閃光に包まれ、封筒がハルヒの机の上にぽとりと落ちた。続けて、赤い筒型の何か、それより細いスプレー缶みたいなもの、黒いレバーらしきもの、最後にホースが落ちてきた。赤い筒だと思ったのは消火器のようだった。中身が空で、部品ごとにバラバラに送られてきた。組み立てろってことらしい。未来のハルヒはここのハルヒより一枚上手なようだ。 ハルヒは突然目の前に降って沸いたガラクタに眉毛をひそめ、机をドンと叩いて怒鳴った。 「まったくもう!ムカつくわね。しょうもないイタズラしてないで大人になりなさいよ」 ハルヒは自虐的な突込みをいれつつ、メモリカードをパソコンに挿して動画を再生した。 『あたりまえだけど、若いわね。感動しちゃったわ』 広告の使用前使用後みたいで、見ていた四人がオオッと声を上げた。この映像のハルヒを見る限り、向こうはだいたい十年くらい未来ってことだな。もしかしたらずっと未来で、メイクか若返り治療の効果かもしれんが。 『あんたも欲張りね。駅前の写真を何枚か入れといたわ。なにも変わってないわよ。髪の毛は何本か入れといたから、勝手に分析でもしなさい。言っとくけど、今じゃDNAなんていくらでもごまかせるんだから。新聞はねぇ、未来の情報を過去に送るのは有希に止められてるの。分かるわよね。あんたが下手に情報を使ったりしたら、未来が変わっちゃうもの。同じ理由で設計図もダメ』 「チッ。サッカーくじで大儲けしようと思ってたのにぃ」ハルヒは舌打ちした。 お前そんなせこいこと考えてたのか。俺もだ。 『お詫びに消火器も送っといたから、そっちで組み立てなさいね。これ重いから、分けて送るのたいへんなんだからね』 ハルヒを見ると怒りに打ち震えているのか、プルプルと震えていた。頭にやかんが乗っていたらシュンシュンと音を立てていただろう。 「ちょっと古泉くん、相談があるんだけど」 「なんでしょうか」 「メモリカードくらいの小さい爆弾作れる知り合い、いる?」 「す、涼宮さんそれだけは」 機関なら爆弾職人くらいいるだろう。冗談なのか本気なのかハルヒは古泉ににじり寄った。いっそのこと紹介してやれ。 5章へ
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人物設定がやや変化した団員。 しかしなぜかSOS団の活動は当たり前の様に行われている。週末のアレもまた然り。 ここ数日の観察で、どうやら人によって変化度(ハマり度)に差がある事が分かった。 朝比奈さん>古泉>長門>ハルヒ=俺って感じだろうか。 上位2名が何やら密談を交わしている。 「…朝比奈さん。」 「…ええ、近いですね。」 何がだアホ共…。 「(ちょっとキョン…なんかみくるちゃんと古泉君変よ…。)」 「(良かったじゃないか…変なのは大好物だろう?)」 「(身近過ぎるのはちょっとキツいって事が分かったわ…。 それにあんな「不安定な年頃」みたいのを求めてる訳じゃないのよアタシは…。)」 他が異常でハルヒがまとも。これこそ真の異常事態かもしれん。 「(いいキョン?有希?絶対どっちかがアタシと同じ組分けになるのよ? 今の二人と会話を続けられる自信がないわ…!アタシを一人にしないで、泣くわよ!?)」 「(お…おう、わかった…。)」 「さ、さあ、ちゃっちゃとクジ引いて探索行くわよ!せーのっ」 ハルヒ・色なし みくる ・色なし 長門 ・色あり 古泉 ・色なし キョン ・色あり 「(こ、このバカキョンーっ!!!)」 スマン、耐えろハルヒ…。 ―― 「図書館行くか?他に希望があるならそっちでもいいぞ。」 「…図書館。」 「おう、そうしよう。」 (コクリ) 「…それでだ、歩きながらでいい。分からん事がいくつかあるんだがな。」 「…何?」 「今回の件も多分ハルヒの奴が原因なんだろうって事はなんとなく分かる。 だがちょっと中途半端な気がしないか?あいつにしてはさ。」 「……。」 「あいつが小説に影響受けて『SOS団にはバトル要素が足りなーいっ』とか言い出すならまだ分かる。でも小説もフレイムヘイズも知らないって言うんだぜ?その割にはメロンパン食ったりうるさい×3言ったりしてる。 …そこが分からない、さっぱり分からない。」 「――実に面白い。」 「…ノリがいいな長門。」 「…おそらくは、彼女が断片的な知識しか持たないからだと思われる。」 「どういうことだ?」 「例えば、アニメ。眠りに付けない彼女がテレビで暇を潰そうと考えた。 無作為にチャンネルを変更している中で、「灼眼のシャナ」の1シーンを目にした。 メロンパンを食べているシーン、照れながら坂井悠二をうるさいと罵るシーン、そして戦闘のシーン。」 「…なるほどな。それで名称は記憶に無いが印象や設定のいくつかだけ頭に入った、と。」 「そう。そしてその僅かな情報の中には、「敵の存在」、「意中の男性の重要度」も含まれると思われる。」 「…なんか怖い事言ったな今。」 「あなたの携帯電話。」 「…?」 「毎晩自動的にフル充電されている。」 「は?古泉との電話を盗聴でもしたのか?ありゃ俺の妄言で…」 「零時迷子」 …本気で…、言ってんのか…? 「彼女はおそらくこう考えた。『バトル要素はアリだ』『バトルするには敵が必要だ』 そして、『主人公が好きな相手には何かとんでもない秘密があるべきだ。』」 「…好きな相手うんぬんは置いておく。たかが携帯がフル充電される事のどこがそんなに重要なんだ?」 「今は接続されているのが携帯電話のバッテリーという小容量の物だから。 そこに別の、もっと容量の大きな物を接続させたとしたら。」 「……………。」 「各国が頭を悩ませているエネルギー問題を全て解決に導く事のできる代物。 そしてそれは、争いの種ともなり得る。」 ――近々あなたを狙う輩が現れるかもしれません。―― …あれは古泉の妄想じゃないってのか…!? 「――という電波を受信した。」 「オイィッ!!」 ―― 「きょ、今日はなんにも見つかりそうにないしそろそろ駅前に戻ろっか。ね、…みくるちゃん?古泉君?」 「いえ、おそらく近くにいるはずなんです。でも気配が曖昧…何かの自在法なのかなぁ?」 「ええ…可能性はありますね。」 「うぅ…。孤独だわ…みんなと一緒にいるはずなのに今私は孤独…。――ん?」 古・朝「「――!!」」 ―― 「――来た。」 「ん?何が…」 ――!? 閉鎖空間……いやこの色は…!! 「封絶。」 「…って、さっきのはお前の電波話なんだろ!?」 「それは携帯電話の話。涼宮ハルヒが目にし興味を持ってしまった以上、敵はいる。」 ―― 「ハハッ、この気配は『雁ヶ音』か。楽しめそうだなマリアンヌ。」 「『赤光』は私の相手です。邪魔はさせないのです。」 「―――退屈――満たす―――――私を――『万象』―――――」 「……マリアンヌって何だい?」 「何を言っている。マリアンヌならここにいるじゃないか?ねえ、マリアンヌ。」 「ハイ、ご主人様。」 「今の明らかに裏ご……いや、無粋な突っ込みはやめておこう。」 くくっ、僕が何かした覚えもないし、涼宮さんかな? だとしたらキョン、君も一枚噛んでいるのかい? つづく
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第七章 「で、何でここにいる?」 一人と一匹に問いかけた。 「入れてもらった。大丈夫。情報操作でこの部屋は防音室。」 「いや、そうじゃなくてさ……」 「彼女は私を連れて帰ってくれたのだ。感謝したまえ。」 そういえば、また忘れてたな。 「ハルヒ。簡単に説明………ってあれ?」 ハルヒはのびていた。 「これまた好都合。」 全然、好都合じゃない。 「要件は?」 「答えは出た?」 「俺は帰らないつもりだ。」 「やはりな。」 何でお前まで知っている。 「それは、キミと一緒に話を聞いたからだ。」 つまり、お前は俺が取り憑いた時の事を覚えていると。 「無論そうだ。」 「古泉一樹もあなたがそう答えると予測した。朝比奈みくるは、逆の予測を立てた。」 「そうか。それを言いに来たのか?」 「違う。もっと大切な事。」 何だ。言ってみろ。 「お腹が空いたのだが。」 下行って妹に餌でもねだれ。 「ここは、あなたが想像する改変世界ではない。」 どういう意味だ? 「正確に言うと、朝倉涼子が創った情報制御空間。時空間を改変してはいない。 彼女は、あなただけをこのオリジナルに似せたこの空間に閉じ込めたと思われる。」 そんな事出来るのか? 「涼宮ハルヒの力を少し使えば可能。」 しかしあいつは、メモリ不足だって言ってたのだが。 「無いなら作れば良い。少量のメモリの増強は簡単。 それに、彼女が消える直前、自分の能力を多少捨てれば尚更の事。 他にも数種類の方法があると思われる。 わたしはあなたの話を聞いた後、色々と調べていた。 すると奇妙な事に、時空震の痕跡が見つからなかった。 朝比奈みくるに問い合わせても、やはり見つからない。」 そういう風に改変したとかは? 「その可能性があったので、ある実験を試みた。」 何だ、それは。 「実際に過去に遡れるかどうか。 朝比奈みくるの力と、あなたが前に使った緊急回帰プログラムを古泉一樹に使用した。」 結果は? 「成功。約1日以上遡れなかった。」 それが何を示唆するのか分からないのだが。 「この世界が改変されたのなら過去はある。しかし、この世界は過去が無い。 だから遡れない。 何故なら、この世界は昨日創られたから。」 「つまり、朝倉涼子君が創ったこの空間は過去が無い。そう言いたいのだな?」 ししゃもをくわえたシャミセンが横にいた。 「今日の夕食はししゃもだそうだ。キミの妹が言っていた。」 「そう。」 「シャミ。まさかお前妹に話しかけたのか?」 「いいや、キミが前に指導した通り、みゃーで済ませた。」 「そうか、悪いな。有難う。長門もな。」 「いい。」 そう言って長門は立ち上がる。 「気が変わったらまた。」 あぁ、何にせよまた会いに行くからな。 「出来れば、あなたには戻って欲しい。 涼宮ハルヒから進化の可能性を見つけたい。 また図書館にも行きたい。」 長門……… 「それじゃあ。」 「待て。ハルヒに話さなくていいのか?」 「………やっぱり今はまだいい。」 長門は帰って行った。 「キミは謝らなくてはならない。」 誰にだよ。 「元の世界の仲間達だ。」 元の世界? 「元の世界の仲間は、この世界と違い、キミの為に働いた。自分の使命に背いてまで。 そして、元の世界のキミの彼女が、キミの帰りを一番待っている筈だ。」 ハルヒが俺を待っている。 「私に宿る仲間も言っている。キミは戻るべきだ。そして、仲間に感謝しろと。」 宿る仲間? 「珪素がどうだとか言ってたな。」 阪中の犬のあれか。 「とにかく、もう一度考えろ。」 「有難うシャミ。」 「礼には及ばない。それより、これを取って欲しい。苦しくてたまらない。」 長門の付けたバイリンガルを煙たそうに引っ掻く。 「いいのか?もう話せないぞ。」 「構わない。」 「そうか。本当に有難うな。元の世界に帰ったら、高級キャットフードをやろう。」 「私には関係ない話だ。」 「そうか。横のボタンを押せ。」 「ここか?」 シャミセンがボタンを押すと、バイリンガルが取れた。 「みゃー。」 シャミセンは下に降りて行った。 さて、生理的なもので、俺も眠くなる。 ハルヒはそのまま熟睡して、いびきをかいていた。 このままこの世界にいると迷惑かけるな… ふと、家族や仲間達の顔を思い出す。元の世界の人々はどうしているだろう。 長門が上手くまとめているといいんだが。 無性に恋しくなる。 しかし………「この」ハルヒをどうする。 ふと、雪山で遭難した時に古泉が言った言葉を思い出す。 「僕が恐れているのは、これが消去プログラムではないかということです。」 「僕たちがコピーされ、シミュレーションによって存在させられているのだとしたら、 わざわざこの異空間から出ていく必要はありません。 オリジナルが現実にいるのであればそれで充分ですからね」 「………さて、ここで変化のない満ち足りた人生を歩むのと、 いっそのことデリートされてしまうのと、あなたはどちらがいいと思いますか?」 前は、俺まで消えてしまうかもしれないという異世界だった。 今度は、俺だけがオリジナルの世界の住民で、この世界の奴らはコピーの住民だ。 消せるか?「この」ハルヒを。 どうするよ俺? 「現実をみろ。」 現実?何処だよ。それは。 「元の世界だろ?長門が連れて行ってくれるさ。」 長門が信用出来るか?この世界の長門は、俺達を殺すきっかけを作ったんだぜ? 「今のお前に何の価値がある。死人に口無しだ。既にお前は利用価値は皆無だ。それに、何故この空間があると思う。」 知るか。そんなもん。 「おいおい、しらを切っても無駄だぞ。なんせ、俺はお前だ。お前の事なら全部分かる。」 あぁ、そうだとも。此処は俺の牢獄だ。 なんかムシャクシャする。 自分自身にこんな形で腹を立てるなんて滑稽極まりない話だ。 「どうせ、失う物なんて無いんだろ?この世界はお前の桃源郷じゃないんだ。」 「ハルヒと誓ったんじゃないのか。やる事があるはずだぞ。」 「足掻けよ。ウジ虫。」 「もう昼か。」 時計を見てハッとした。 ハルヒはまだ眠っていた。そろそろ起こすか。 「起きろハルヒ。もう昼だ。」 「ん、あと4年……」 そんなに眠っていては困るので、俺の自慢の歌で起きていただこう。 「おおーおきろー♪おきろおきろおきtッ……おきろー♪」 「うるさーい!!」 「昼だ。起きろ。」 「んー?もうそんな時間?たしか昨日は………」 あ、まずい…… 「キョン。有希と何があったの?正直に話しなさい。」 ハルヒは引きつった笑みを浮かべる。このままでは、俺は至上の苦しみを味わうだろう。 長門は宇宙人だと言って通じるわけないし、言い訳、何か良い言い訳はないのか!? 「えーと、長門は元々霊感の強い家系の生まれなんだ。だから、最後に何か話そうと思って………」 「ふーん。有希だったらありそうね。 ところであんたの猫、喋ってなかった? いいえ、喋ってたはずだわ。これは調べる価値があるようね。」 ハルヒは一目散に駆け出して行った。 「やれやれ。」 1時間程経っただろうか。ハルヒは不満そうな表情で帰ってきた。 「どうだった?」 「ダメね。うんともすんとも言わないわ。」 「だろうな。」 内心ほっとした。 「いいわ!!行くわよキョン。みんなに最後の挨拶しなきゃ。」 「あぁ。」 「どうしたの?元気ないわね。」 「………いや、何でもないさ。行こう。」 外に出る。今日はいい天気だ。雲一つ無い。 「ほら。」 何だ。 「手。繋いであげる。」 「ありがとう。ハルヒ。」 「ふん、どういたしまして。」 俺達は学校へ歩む。 太陽は俺を嘲笑うかの如く照りつけ、俺の心に陰を作る。 忌々しいが、どこか温かいかけがえのない存在者。 それはまるで、現在俺の横で鼻歌混じりで歩いている奴みたいだ。 「着いたわ。」 真っ先に部室棟へ向かう。 「待ってた。二人共。」 「有希!!」 ハルヒは長門に飛びつくが、虚しく体をすり抜ける。 「そっか……死んでるんだった。あたし。」 「朝比奈さんと古泉は?」 「もう直ぐ来る。その前にこれに入って。」 長門の指した先、二体の人形があった。 「これって……」 あぁどう見ても俺とハルヒそっくりだ。 瓜二つと言っても過言ではない。 「入って。」 ハルヒは混乱状態だったので無理矢理押し込んだ。 俺ももう一体の方に入る。 「え……あたし、生き返った!?」 人形に入ったハルヒが喋り出す。 「通常の有機生命体と同じ作り。内臓等の器官もほぼ100%一緒。」 そんな事いいから服くれ。今頃素っ裸な事に気付いた。 「あたしはみくるちゃんのでいいわ。」 「俺のは?」 「無い。」 「どうも。おや………これは。」 スマイルがにやけに変わった古泉がそこにいた。 よう、古泉。悪いが服くれ。 「僕はこのままが興奮しますがね。残念ですよ。本当に。」 と言いながらジャージを俺に手渡した。 「こんにちは、長キャー!!」 しまった。遅かったか。急いでジャージを着る。 「では、始める。」 「待て。お前らは、消えて良いのか?」 「愚問ですね。僕は世界の味方です。偽りの世界ではなく、本来在るべき世界のね。 あなたがこのままこの世界の住人を希望するなら、力ずくで押し返してあげますよ。」 「わたしは、キョン君と涼宮さんが幸せになる未来が見てみたいな。」 「わたしもあなたが生存した世界を望む。わたしのために。」 みんな、すまない。俺は、お前らの希望する世界を創る。絶対お前らの期待を無駄にしない。 どんな困難も乗り越える。2人……いや、SOS団全員で。 「そちらの僕達に言って下さい。」 「大切な仲間を。」 「裏切るな。」 あぁ、伝えとく。 「ハルヒ。悪いがお別れだ。」 「いやよ。」 銀色の斬撃が走る。 俺は、間一髪逃れる。 「いやよ。ずっとキョンと一緒なんだから。」 どこから出したのだろう。ハルヒの手には、ナイフが握られていた。 「キョンはあたしだけのものよ。だれにもわたさない。」 これが俗に言うヤンデレというやつか。よくは、知らんが非常に怖い。 「猿芝居は止して欲しい。わたしの目は誤魔化せない。」 長門の一言に、ハルヒの手が止まる。 「あら、またバレちゃった。 いかにもあたし、いや、わたしは、涼宮ハルヒでありながら、朝倉涼子でもあるわ。」 どういう事だ。 「まず、朝倉涼子の能力を使い、情報制御空間を造る。 そして、涼宮ハルヒの能力を使い、空間内部を現実そっくりに構築したわ。 その時、涼宮ハルヒと朝倉涼子を同化させれば良い。 そしてこの空間が生まれたの。分かってくれたかな? それにしても、あなた達がわたしの予測通りに行動しなかったのは、誤算ね。 まだ力が上手く制御出来ないみたい。」 ハルヒの容姿をした朝倉涼子は微笑んでいた。 くそったれ。俺はこんな奴と2日間連んでいたのか。吐き気がする。 「……わたしは、あなたにここに居て欲しいの。」 またハルヒの起こす情報爆発とやらを観測する為か? 「今のわたしは情報統合思念体から外れ、一個人として動いてるの。もうそんな必要は既にないわ。」 「なら、何故こんな事をした。」 「あなたを守るためよ。」 「意味分かんねぇよ。守る?殺すとの間違えじゃないのか?」 「先にこれを見てもらおうかしら。」 部屋が一気に暗くなり、壁や床に映像が映る。 そこに映るのは、平和な日常。俺がいる。 「これはあなたが生存した場合の未来。」 映像はだんだんとスピードをあげ、早送り状態となる。 途中から少しずつゆっくりとなる。 「ふえぇぇぇ!?」 「朝比奈さん。見てはいけません。」 古泉が朝比奈さんの目を塞ぐ。 「こりゃあ……なんと………まぁ。」 グロ表現たっぷりの映像だった。俺も見るべきではなかっただろう。 風貌から見て、数年後。ハルヒは暴走する。 俺や宇宙人、未来人、機関の人々が止めに入るが俺は死に、全て無駄に終わる。 正気に戻ったハルヒだが、自分の行いに苦悩し、発狂。 再度暴走を始め、世界中の人々を巻き込む。その後、誰か知らない野郎にハルヒは殺される。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 「これはわたしの計算が導き出した未来。」 「冗談だろ?」 「情報統合思念体も同じ考えのはずよ。」 もしや、今まで長門の親玉が黙ってたのは…… 「彼女が確実に起こす情報爆発を待ち望んでいるからよ。 あなたを殺すつもりは無かった。長門さんが助けに来る事や、わたしが消される事くらい分かってた。 それでも、あなたにはこんな未来を歩んで欲しくない。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースじゃなく、 あなたを想う『人』としての希望なの。」 「それでも俺は帰る。」 俺は、約束したんだ。こいつらと元の世界のハルヒに絶対帰ってやるって。 「ダメ、絶対。後悔するのはあなたよ?この世界で安穏と暮らした方が良いんじゃない?」 「ハルヒがいないこの世界で俺に何が出来る?止めるならお前をぶっ飛ばす。」 「……そう。分かっているの?今のわたしに勝てる人はいない。例え倒しても、同じ方法で再生するだけよ。」 「「長門さん!!」」 朝比奈さんと古泉が叫ぶ。 「僕達に任せて行って下さい。」 「ここは、わたし達が死守します。」 「無理。この空間はただの情報制御空間ではなく、空間の隙間に強力なファイアーウォールが張ってある。 これを破るには、涼宮ハルヒの能力が必要。しかし、彼女が抵抗する今、それは不可能。」 2人からは諦めの表情が見える万事休すか。 その時、俺の頭のどこかがプッツンと逝ってしまった。 なんで俺がこいつ等に人生を制限されねばならん。 確かにハチャメチャな人生も良い。良いがそれは人間の基本的な倫理観においての話。 自分の今後の生活を脅かし、死亡時期まで決められちゃ困る。うざい。非常にうざい。 とりあえず、目の前の朝倉が一番邪魔だ。 「どけぇぇぇぇ!!!」精一杯のパンチをお見舞いした。 朝倉は一瞬怯むが、すぐ体制を整え、俺の首を絞める。 「女性に手をあげるなんて最低じゃない?」 苦しい。呼吸が出来ない。俺は朝倉を睨む。 「残念ね。いっそのこと、今すぐ楽にしてあげるからね。」 機械のように笑っている。顔はハルヒだが、こんな表情はしない。 急に力が緩み、解放される。俺の顔に血潮がかかる よく見ると、朝倉の手が切断されている。 グロい。血が脈打つように吹き出てる。 「わたし達が守る。」 その瞬間、長門が俺の目の前に青白い半透明の膜を張る。 膜はちょうど部室を2等分し、片方に俺1人の状態。 「よく聞いて。」 朝倉の相手をしながら長門は話す。 「あなたに会えて良かった。あなたはわたしに任せる。あなたは、彼女を守って。」 「何言ってるんだ?」 「さようなら。」 「待て長門!!」 「流体結合情報凍結。」 終章へ
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@未明 今回の事件の重要人物と思われる一人。こっちの世界でハルヒ的行動を起こして、サダキョンによって「クラスの女子がハルヒになった(゚A゚)」スレで状況報告されていた。 偽ハルヒが鍵となる人物に自らの存在を伝えることが今回の鍵だったと思われる。 17日になる直前に鍵となる人物にメールを送信。それによって改変はとまった模様。
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いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは ‐ 涼宮ハルヒの羨望 ‐ いつもと変わらぬ日常。 くだらない授業。 適当に聞いとけば満点の取れる内容なんて、ばかばかしくてイヤになる。 くだらない、ほんとにくだらない。 この生活が気に入っている人も居るんだろうケド、私にとってはただの苦痛。 なんで私はここにいるの? なんのために生きてるの? ふと、頭をよぎる当然の疑問。 誰しもが思い、誰しもが感じる、疑問。 ねぇ、なんで? 小さく、ほんとに小さく、誰にも聞こえないように呟いた。 そうすることで、何かが変わる気がしたから。 実際は─── ───言うまでもないケド。 退屈は私を覗き見る。 退屈は私を蝕む。 まるで、私は私自身が置き物のように感じる。 その気持ちに押しつぶされそうになる。 目頭が熱くなる。 私は、世界の部品じゃない。 耐え切れなくなって、前の席を叩く。 「……どーした?」 授業の邪魔にならないように、小さく呟くキョン。 めんどくさそうに、いかにもめんどくさそうにね。 キョン。 「何だ?」 ……なんだろう? 何のためにキョンを呼んだの、私。 こいつと話してると気がまぎれるの? そうなの、私? 「………ハルヒ?」 何よ 「いや、用はないのか?」 あるわけないじゃない。 ないから呼んだんじゃない。 ……あー、我ながら意味わかんないわね。 イライラするイライラするイライラする。 なんかない? 我ながら馬鹿馬鹿しい台詞。 「なんか、ってなんだ?」 なんかはなんかよ 「まず、何をしたいのか俺によくわかるように言ってくれ」 再び私を沈黙が覆う。 私、何がしたいの? …… 「ハルヒ?」 なんでもない。 「……おーい?」 もういい。 私がそう言うと、諦めたのか、前を見る。 そして会話中に黒板に書かれた文章をノートに書き写す。 なんでこいつはこんなに勉強しててあんなに頭悪いの? ばっかみたい。 長く連なる時の流れは私に退屈という名のナイフを突き刺していく。 その苦痛のせいで、寝ることもできない。 何か起こらないかな。 そんなどうでもいいことを望む。 ───あら? 何気なく校庭を眺めると古泉くんが歩いて校門へと向かっていた。 なんだろう、早退かな? 具合は悪そうに見えないから、何か用事でもあるのかな? 古泉くんの帰宅する理由を考えることで多少の気はまぎれた。 でもわかんないから今度聞いてみよう。 覚えてたら、だけどさ? ───キーンコーンカーンコーン やっと。 やっと終わった。 なんでこんなにかかるの。 時と交渉ができるのなら私の時間だけ早く進むようにして欲しい。 あ、楽しいときは別よ? 楽しいときはむしろ時間の流れを遅くして まぁいいわ、ようやく、私の時間だから。 「ハルヒ、さっきはどうしたんだ?」 不意に前の席から声がかかる。 なんでもないわよ、さ、行くわよ 「行くって?」 SOS団に決まってるじゃない! 「あ、ああ」 私は彼を残して教室を飛び出る。 待ちに待った放課後の時間。 待ちに待ったSOS団! さぁ、今日は何をしようかしら。 みくるちゃんにどんな服着させようかな。 そういえば昨日ネットオークションにかけられてたコスプレどーなったんだろう。 落札できてるといいな。 頭からどんどん湧き出る期待を胸に、私は意気揚々と文芸部室へ飛び込んだ。 部屋には有希と着替え中のみくるちゃんがいた。 「やっほぉー!」 「あ、こんにちは涼宮さん」 挨拶はもっと元気よくしなさい! そうね、語尾ににゃんとかつけるといいわ、かわいいから。 30分後、キョンが遅れてやってきた。 遅い! なんで私と同じクラスなのにこんなに遅いのよ! 「ちょっと成績のことで岡部とな」 なんなら私が一から教えてあげてもいいわよ? 丁寧に、かつわかりやすく。 「いい、隣で『なんでこんな簡単なのわかんないのよ、もーぅ』とか言われたくないから」 失礼ね! そんなこと…………ないと思うわよ? 保障はできないけど。 うん、100%なんてこの世に存在しないんだから。 「そういえば古泉は?」 古泉くんならさっき学校を出て行くのが見えたけど? 「古泉一樹は用事のため早退」 あら、有希、聞いてたの? 「昼休みに少しだけ」 理由はわかる? 「不明」 そっか。 楽しい部活の時間が過ぎていく。 有希が本を閉じた。 それは部活終了の合図。 いつも凄く正確で、驚くぐらい。 私は荷物をまとめて部室を出る。 明日は土曜日ね、いつもの場所でいつもの時間に!古泉君にも言っといて。 最後にそう皆に伝えた。 登校の時はキツめの坂道を、私は悠々と、一人で降りる。 ずっと、皆といられたらいいのに。 ふと、立ち止まる。 ずっと、いられたらいいのに? 不意に、不安が、私を掴む。 どうしてこんな気持ちになるの? わからない。 まるで、この日常が壊れることへの不安? 気にしすぎよ、少しは体もやすめないと壊れちゃうわ。 違う。 何が違うのかはわからない。 けど、何か違う。 いつも感じる日常とはまた別。 退屈という名のナイフじゃない。 これは何? 不安で足を早める私。 家について、ご飯を食べても、まだ私に絡みつく。 お風呂を浴びてさっぱりしても、何なのこれ。 部屋の中で電気もつけずに、私は枕を抱きかかえる。 ふと、思いついた。 ピリリリリリリ 「もしもし?」 キョン、私だけど。 「どうした」 ……… まただ、なんで私またキョンに? 「明日、ちゃんと来てよ?」 …今更じゃない、私? キョンは予定をサボったりはしない。 少なくともいつもはそうだったし。 「どーした?」 何が? 「なんか、今日のお前変だぞ?」 気のせいよ。 「…そうか?」 そうよ。 「わかった、明日もちゃんと行く」 絶対よ? 遅刻したらまたおごりだからね! 「遅刻しないでもおごるのは俺じゃねーか」 つべこべ言わないの! 「へいへい、じゃ、また明日な」 あ、キョン。 「ん?どした」 ……なんでもない。 「?」 明日、ちゃんと来なさいよ? 「わかったわかった、んじゃな」 電話が切れる。 なんだろう、この気持ち。 カーテンを開けて、窓の外を見る。 どこまでも広がる、星の瞬く夜空。 3年前に校庭に書いたメッセージは、どこかで誰かが読んでるだろうか。 その日の月は、とても綺麗だった。 ふぁ~。 よく寝た。 夜空を眺めながら、私はカーテンを開けて寝た。 そうすれば私は安心できたから。 昨日、あんなに不安でいっぱいだった頭も、一晩寝たらすごく軽かった。 結局なんだったんだろう、あれ。 まぁいいわ、準備して行きますか。 キョンより早くいかないとね、おごりはあいつ、私じゃないわ。 そこについた時、キョン以外のメンバーはすでにいた。 やっぱりできのいい団員がいると違うわね、うん。 みくるちゃんはやっぱりかわいいわね、私服も。 「そーですかぁ?ありがとうございます」 ほんとにかわいい、もし私が男だったら襲ってるわ、間違いなく。 有希、いつも眠そうだけど、ちゃんと寝れてる? 「大丈夫」 いつも通りの口調で返答される。 ならいいんだけど。 古泉くん、なんで昨日早退したの? 「少し親族のほうに急な用事ができまして」 肩をすくめて笑顔で答える。 ふーん、ま、いいわ。 にしても、キョンはいつも遅いわね。 いっそのこと集合に遅れないように私が毎朝電話してたたき起こしてやろうかしら。 時間が過ぎていく。 遅い! 遅い! 本当に遅い! もう一時間も遅刻してるじゃない! 携帯に連絡しても出ないし! なんなのよもう! それにしても遅いわね! 何してるのかしら! もう一度携帯電話に手を伸ばす。 こうなったら出るまでずっとかけてやるんだから! ピリリリリリリリ…… ガチャッ あら?繋がった? 「ハルヒちゃん?」 出たのは、キョンの母親だった。 なんで? 予想もつかなかった。 考えたくもなかった答えが返ってきた。 うそよ! 公道を私達を乗せた車が疾走しついく 「きっと、大丈夫ですよ、涼宮さん」 ありがとう、みくるちゃん。 そうよね、大丈夫よね。 うん、じゃなきゃ許さないわ。 絶対、絶対許さない。 だって、だって約束したじゃない、今日絶対来るって、昨日。 「もうすぐつきます」 古泉くんが呟いた。 走る窓から病院が見えた。 キョンが倒れた? ありえない。 そんなベタな展開、認めないからね。 さようならも言えずに、サヨナラなんて、そんなの認めないからね! 原因は何? なんで倒れたの? なんでキョンなの? どうして今日突然? 昨日までピンピンしてたじゃない! 病院につくと同時に、私はキョンの入院してる部屋まで駆け出した。 前もあったっけ、こんなこと。 クリスマスパーティの準備中に、あいつがいきなり。 やだ、思い出したくない! いやよ!いやよいやよ、いや! 気を失ったキョンの顔。 でもあの時は、ちゃんと起きたわよね。 そうよ! 今回も大丈夫なはず! じゃなきゃ許さない! 約束したじゃない、来るって! 胸へとつかえる何かを感じながら、私は病室のドアを開いた。 そして感じた、視線。 私を見つめる、妹ちゃんの目。 キョンの母親の目。 お医者さんの目。 そして、 キョン!よかった! キョンが私を見ていた。 意識は戻ってたらしい。 心配かけるんじゃないわよ!バカ! 私はキョンに駆け寄って、まくしたてた。 ホントは別のことを言いたかったけど、とにかく、無事でよかった。 ほんとに、よかった。 なんでそんな目で私を見てるの、キョン。 まるで、初対面を見るような─── 「ごめんなさい、あなたは、誰ですか?」 ―――――嘘って言ってよ 私は望んでいただけ そしてあいつは、それに応えてくれていた 私は調子に乗っていたのかもしれない 一度も、あいつの事を考えてあげなかった いや、考えてはいたのよ でも、結果的に、私はあいつを蝕んでいた そして、あいつが手のひらからこぼれおちた時 ようやく、そのことに、気がついたの キョン? 「キョンというのは、俺のことですか?」 何言ってるの? キョンはキョンよ、あなたでしょ 「すみません」 なんで謝るの? なんで?なんで?なんで? 「ごめん、なさい」 胸が痛む。 本当にキョンは申し訳なさそうな顔をする。 やめてよ。 「え?」 こんなの、キョンじゃない…… 「落ち着いてください、涼宮さん」 …みくるちゃん 「少し、話をしてもいいですか?涼宮さん」 キョンに聞こえないように私に呟く古泉くん。 古泉くん、話って何? 「彼の記憶喪失の原因についてです」 記憶、喪失? キョンが? うそよ、何それ。 何それ何それ何それ。 もしかしてそれが倒れた原因? 「医師の話によると倒れた理由も記憶を失った理由も同じらしいです。」 廊下で医師から一通りの説明をうけたあと、私は古泉くんと話していた。 古泉くんが続きを述べ始める。 「彼の精神は極度に疲労していた、それが倒れる原因になったと」 疲労? だって、そんなそぶりは一度も。 「長い間に蓄積されたものらしいです。」 どういうこと? 「例をあげて説明しましょう。 フラッシュバックというものがあります。 麻薬の一部には使用することで幻覚を見るものがあります。 その時の感覚が忘れられず人は使用を繰り返し、何度も使用するうちに麻薬は人の体を蝕みます。 重度の中毒者になった場合は、麻薬の恐ろしさに気づきやめるでしょう。 しかし、たとえ長い時間をかけて回復しても、ふとしたきっかけで全てが麻薬をしていた状態に戻ってしまうことがあります。 それが、フラッシュバックです。」 必死に理解する。 「つまり、彼の中には長い間精神的疲労、言わばストレスがたまっていきました。 しかし、そのストレスは小さなもので、簡単に消えていったはずです。 それが、何かのきっかけで消えたはずのストレスが一気に戻ったとします。 いわばストレスのフラッシュバックと言いましょうか、そうして、彼は倒れたのです。」 どうして? つまり悩みを抱えていたんでしょ? どうして私に言ってくれなかったの? 「それは、おそらく」 そこまで言って、古泉くんは口を閉ざした。 いつになく真剣なまなざし。 知ってるの? じゃあ、教えて。 「だめです」 なんで 「だめなんです」 教えないさいよ! 「涼宮さん……」 いいから、教えろって言ってんでしょうが!! ふと、気がつけば有希が隣に立っていた。 何? 「あなたは、知るべきではない」 何それ なんでよ? 「後悔する」 なんで? 「選択して」 何を 「知りたい?」 当たり前じゃない 「わかった」 「長門さん……」 「彼女は選んだ、知ることを。 だから伝える。」 「……わかりました」 「彼のストレスの原因は、」 私は言葉を待った。 沈黙で耳が痛くなった。 「あなた」 わたし? なんで、私なのよ。 「本当に、おわかりでないんですか?」 何を。 真剣なまなざしで、いつもと違う、怖い顔で私を見る古泉くん。 「彼はいつもあなたに合わせてきました」 ………… 「そしてあなたはまれに彼の精神レベルを超えた要求をしていたんです」 ………て 「それが彼のストレスとなった」 ……めて 「彼はあなたにこたえるために、いつも無理をしてきた」 …やめて 「彼はお人よしですからね」 やめて! 私は気がついたら両耳を抑えて叫んでいた。 「知ることを選んだのは、あなたです」 古泉くんは私に追い討ちをかける。 「だから伝えました、真実を」 いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは いつからだったのだろう──── ────私の中のあいつがこんなにも大きくなっていた いつからだったのだろう──── ────あいつは、私にとって必要な人になっていた …ごめんね 私は泣いてた。 ごめんね、ごめんね、キョン 俯いて、両手で、顔を覆って。 ごめん、ごめん、ごめんなさい 有希が、倒れこもうとする私の体を支える。 「今日は、もう帰りましょう」 古泉くんがいつもの優しい口調になって喋る。 「あなたも、少し休むべきです」 うん、ごめんね。 「大丈夫です、おそらく一時的な記憶の混乱です、すぐに治りますよ」 そうね。 治ったら、いいな。 うぇえ… 「涼宮さん…」 どうやって帰ったのか覚えていない ただ、体がすごく重たかった ご飯は、全然おいしくなかった お風呂は、全然気持ちよくなかった どれだけ泣いたんだろう 枕は涙でびしょびしょだった でも、涙は枯れなかった 枯れてくれなかった 枯れるどころか、どんどん溢れでる 私にとって、それほどに大きくなってたんだ キョン 私は呟いた そして、泣き疲れて、寝てしまった 闇が、私を包んでいく 再び目を覚ましたとき、灰色の空の下、私は駅前の公園に居た。 そして、キョンがそこにいて、私を見ていた。 前にも似たような夢を見た。 夢よね? 夢、だよね? 目の前に立つキョンが私を見つめる。 私は耐えられなくなって視線を逸らす。 「ここは?」 キョンも驚いたような声を上げる。 当たり前よね、なんで私夢の中でまでキョンに迷惑を── 「ここは、覚えてる」 キョンが呟いた。 私は、はっとして彼を見据えた。 覚えてるって? 「なぜかはわからない」 キョンは私と目を合わせた。 私は今度は逸らさずに彼の瞳を見据えた。 申し訳なさそうな、でも、力強い瞳。 「ここに来なきゃいけない気がしたんです」 なんで? 「約束したから……」 私は、また泣いた。 ありがとう、覚えててくれて。 声を上げて泣いた。 ごめんね?ごめんね? ほんとに、ごめんなさい 私のせいで、私の、せい、で ふと、私の体がひっぱられた。 背中にキョンの左手が回される。 頭をキョンの右手が撫でる。 暖かい。 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 もう少し、このままで。 「何、泣いてんだハルヒ」 ――――っ!キョン? じっとあいつの顔を見つめる。 いたずらっこみたいな表情で私を見る。 もしかして、記憶が? 「迷惑かけたようだな、悪ぃ」 軽く悪びれたそぶりで語るキョン。 迷惑? 迷惑かけたのは私のほうなのに? 「ハルヒ?」 私は、あなたにむりをさせたのよ!? 私は、あなたにわがままを押し付けたのよ!? 私は、私は、私は、あなたを、縛り付けたのよ!? 私、あなたに………謝りたかった 「ハルヒ」 何? キョンが私の目を見る とても力強く、決心したように。 私を抱いていた手に、力が入る。 痛いぐらいに、でも暖かい。 「どうして、俺がお前のわがまま聞いてたか、知ってるか?」 え? 「お前のことが大切だったからだ」 ………キョン? 「ハルヒ、俺はな、お前のことが──── え。 ふいに、目を覚ました。 頬を伝う涙。 体に残るあいつの温もり。 ベッドから降りる。 携帯を鳴らす。 再び、彼のもとへ 今度こそ、言えなかった言葉を。 ごめんね、と。 ありがとう、と。 そして───── ピリリリリリリ…… カチャッ 「もしもし?」 キョン? 「どうした?わがままな団長さん」 - 涼宮ハルヒの羨望 終 - 涼宮ハルヒの羨望、外伝 笑ってくれる 私のために 私みたいなわがままなヤツのために 嬉しかった すごく嬉しかった 私のわがままにつきあってくれる それがたまらなく嬉しかった ある雨の降る放課後 私とあなたしかいない部室 寝ているあなたにそっと呟いた ――――ありがとう ‐ 終 ‐
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二人と別れた俺は、おそらく一人しか中にいないであろう部室へと向かう。 今まではずっと不安だったが、とりあえずハルヒに会えることが嬉しい。 いつものようにドアをノックしてみるが、中からは返事がない。ハルヒはいないのか? 恐る恐る俺はドアノブに手をかけ静かにドアを開けてみる。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第五章― 「遅かったわね」 ……いるんじゃねえか。返事くらいしろよな。ってえらく不機嫌だな。 「当然よ。有希もみくるちゃんも古泉くんも、用事があるとかで帰っちゃったし。それに……」 ドアの方をビシッと音がしそうな勢いで指差す。 「なんでか知らないけど部室の鍵が開きっぱだったし」 あっ、すまん。それ俺だ。 などとはもちろん言うことはできない。 「なんでだろうな。閉め忘れたとかか?」 キッ、と睨まれる。まさかばれてんじゃないだろうな。 「おまけにあんたは……」 俺が何だ? 「なんでもないわよ」 何だ?わけがわからねえぞ。まさか『俺』の方が何かしたのか? とりあえずやることもないが、立っているままもどうかと思い、いつもの椅子に腰を降ろす。 なんか落ち着かねえ。緊張してるのか?俺。まぁ実際ずっとハルヒに会いたかったわけだからな。 「で?」 顔を上げると、ハルヒがこっちをじっと見ている。 「で、って?」 「なんか言いたいことでもあるんじゃないの?そんな顔してるわよ。 いつも言ってるでしょ。言いたいことを言わないのは精神衛生上良くないのよ」 言いたいことねえ。あるにはあるんだが、なんと言えばいいやら。 「ああ、そうだな。とりあえず昨日の昼は悪かったな」 「昼?何のこと?」 ハルヒの頭の上に?マークが浮かんでいる。 「いや、だから昨日の昼につい……」 ちょっと待てよ。ひょっとすると、昨日の俺の昼間の出来事はないことになっているのか? そういえば古泉も昨日は閉鎖空間は発生してないようなこと言ってたし。 「あんた、あたしに何したのよ」 ハルヒはじとーっとした目でこちらを見ている。 「いや、お前にはわからないかもしれないな。まぁそれでもいいさ。謝らせてくれ」 「………」 「昨日は少し言い過ぎた。つまらないことで怒ってしまって悪かった」 そう言って軽く頭を下げる。 「………」 ハルヒは話は聞いているのだろうが、何も喋る様子はない。 というよりも、おそらくはこの状況がわかってないんだろうな。 俺は椅子から立ち上がり、ハルヒに近付き、ハルヒの正面に立つ。 「けど、お前にとっては確かにつまらないことかもしれないが俺にとっては大事なことだったんだ。 ……なんでかって言われると少し困るが、たぶん俺はお前のことが――」 「違うわ!」 ハルヒは声を荒げて俺の言葉を遮る。 ……違う?何がだ? 「どういう意味だ?何が違うってんだよ」 「何がって、言う相手が違うに決まってんでしょ。それはあたしに言うことじゃないわ」 は?どういう意味だ?ますます意味がわからん。 「お前は涼宮ハルヒだろ?じゃあ間違ってないじゃないか」 じゃあ他の誰に言うんだ?長門か?朝比奈さんか?それとも古泉か?いやいやそんなわけあるか。 「そうだけど、あたしはあんたの思ってる涼宮ハルヒじゃないのよ」 何を言ってるんだこいつは?ハルヒはハルヒだろ? 「何の話だ?お前はハルヒだけど違うハルヒだとでも言うのか?」 「そうよ。だってあんたはあたしの知っているのとは違うキョンなんでしょ?」 ――ッ!?何でだ?何でわかる? 「どうして知ってるんだ!?」 ハルヒは得意満面といった笑顔を浮かべる。 「あたしに知らないことなんかないのよ!」 嘘吐け。 いや、待てよ。俺がここにいるのがこいつの力によるものなら知っている可能性もあるのか。 「ていうか一目瞭然よ。このあたしがまさか自分の好きな男を間違えるわけないでしょ?」 ……今なんてった? 「ちょっと待ってくれ。てことはお前は『俺』、というかあいつとそういう仲なのか?」 「そういうってどういうよ。今はあいつからの告白待ちね。でもあいつヘタレなのよね」 おい、ひどい言われようだぞ、『俺』。 それにしてもやっぱり俺が知っている世界とは微妙に違うみたいだな。これは違うハルヒだ。 「だからあんたはさっきの話は元の世界に戻って、そこのあたしにしてやりなさい」 なんだって?元の世界?どういうことだ?俺に帰る場所があるのか? 「無駄に質問が多いわね。仕方ないから説明したげるわ。ここは簡単に言うとパラレルワールドってやつ? あんたから見ると異世界ってことになるのかしら。あたしからすればそっちが異世界だけど」 じゃあ、ハルヒの言ってることが確かなら俺は元の世界からこの世界に飛ばされて来たってことなのか? 飛ばされて来たっていうかこいつに引っ張ってこられたんじゃないか?いや、そうだろ。間違いない。 古泉、長門、お前らの推理は大外れみたいだぜ。やれやれ、ドキドキさせやがって。 とにかく、俺にはまだ元の居場所に帰れるってこてなのか?でも、それなら、 「なんで俺はここにいるんだ?」 「そんなの知らないわよ。あ、別にあたしの力であんたを連れてきたわけじゃないわよ」 このハルヒの仕業じゃないってのか?……じゃなくてそんなことより、 「お前……自分の力を知ってるのか?」 「まぁ薄々はね。正確には良くわからないわ。いちおうみんなには知らないふりで通してるけど」 確かに、古泉も長門もそんな話はしてなかったような気はするが。 二人ともハルヒには自覚がないってことを前提に話してたよな。確か。 これはまずいんじゃないのか?いや、でも特に危険なことは起こっていないみたいだし。 「別にあんたが心配することじゃないわよ」 まぁそりゃそうかもしれんが。 「他のみんなのことも知ってるのか?」 「みんなのこと?ちょっと普通じゃないっぽいなー、くらいにしか知らないわ」 「そっか、まぁそれでいいと思うぜ。ちなみに俺は至って普通な――」 「ま、そんなことはどうでもいいわ。帰りたいなら元の世界に戻ったら」 くそっ、またこいつは俺の話を……。それにそんな簡単に言われてもなぁ。 「それが出来りゃ苦労はしてない」 「そうなの?帰ろうと思えば帰れるはずよ。少しくらいなら手伝ってあげるわ」 何だって?そんなことまで出来るのか?出来るのならぜひとも頼みたいものだが。 「そんなこと出来るのか?そのためには俺はどうすりゃいい」 「どうって、帰りたいんでしょ?帰ればいいじゃない」 ダメだこいつ……。全く会話にならん。俺の話ちゃんと聞いてんのか?聞いてないんだろうなあ。 まぁ会話にならんのはいつものことか。 「あのなぁ。だから、どうすりゃ帰れるのかって話だよ」 「知らないわよそんなこと。帰りたいって思ってりゃ帰れるのよ」 こいつはまた無茶苦茶言ってるし。 「仕方ないからヒントをあげる。昔の人は言ったわ。Don t think,feel.よ」 いや、全くわからん。とりあえずこいつ適当なこと言ってるだろ。 てことは考えてもわからんってことか?わかりそうにはないが。なら勘で動いてみるか? それとも時間が経てば勝手に帰れるのか?だったらいいな。 「まぁいい。なんとかするさ。無事に帰れることを祈っててくれ」 とは言ってみたもののどうすればいいやら。 「ぶっちゃけ言うと返そうと思えば返せるのよね。具体的にどうするとは言えないけど」 こいつはまたとんでもないことを言い始めた。 なんだと。じゃあ今まででの会話は一体なんだったんだ? というか俺の扱いが物みたいになっている気がするんだが、気のせいか?気のせいだよな? 「このままでも面白いかなと思ったけど、本気で帰りたいみたいだから帰らせてあげるわ それに……向こうからも呼び出しがかかってるみたいだし」 ハルヒがそう言った瞬間、俺の後ろ、ドアの向こうから気配を感じる。 うわあ、本当に気配って感じるものなんだな。……なんて感心している場合じゃない。 これは、ハルヒか? 「ハルヒが……呼んでる?」 「そうね。向こうのあたし。っていうか向こうのあたしってホントに無意識で力使ってんのね」 変なところで感心しているハルヒを後ろに、俺は自分の世界の気配をはっきりと感じていた。 この世界ともお別れか。たった一日だが、かなり長い時間過ごした気がするぜ。 少しばかり名残惜しいな。 「色々と世話になったな。助けてくれてありがとよ」 「別にいいわ。たいしたことはしてないし。もうちょっとあんたで遊びたかったけどね」 あんたで、ね。やれやれ、勘弁してくれ。 その言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべるハルヒを見ていると、それも悪くないと思えるから不思議だ。 だが、かといってここにずっといるわけにはいかない。 「すまんな。気が向いたら『俺』にももう少し優しくしてやってくれよ」 「気が向いたらね。……あ!」 突然何かを閃いたのか、ハルヒが急に異常なほど嬉しそうな顔を見せる。 「どうした?」 「……ん、なんでもないわよ」 おいおい、そんな顔でなんでもないってことはないだろ。何を企んでんだか。 まぁおそらくは『俺』が何らかの苦労をするんだろうなあ。頑張れ、『俺』。異世界から応援してるぞ。 「じゃあそろそろ帰るわ。あ、そういえば一つ頼みがあるんだがいいか?」 「頼みによるわ」 「俺がお前に正体をばらしたことはできたら内緒にしておいてくれ。特に長門には」 「別にいいけど。なんでよ」 当然だが不思議そうな顔で聞いてくる。 「いや、ちょっと大見得きってきたからな。かなりカッコ悪いことになってしまうのさ」 今になって思い返してみるとかなり恥ずかしいこと言ってた気がする。いや、言ってたはずだ。 「わかったわ。けどどうせ何したってあんたはたいしてカッコ良くないわよ。」 「へいへい、わかってるよ」 ドアの前まで来て首をひねり背中越しにハルヒに顔を向ける。 「じゃあな。案外楽しかったぜ」 じゃあな。こっちの『俺』、古泉。もう会うことはないかもしれないが元気でな。 長門。お前の期待には答えてやれなかったな。すまない。俺にはまだ帰れるところがあるみたいなんだ。 朝比奈さん……は会ってないけどお元気で。 ハルヒからの返事も聞かず、ドアに手をかけ、一気に開ける。 するとドアの向こうにあるはずの廊下は見えず、全身が真っ白な光に包まれる。 何も見えん。 意識があるのかないのかもはっきりしないまま、後ろからハルヒの声が微かに聞こえた気がする。 「じゃあ、―――でね」 最後にハルヒが何と言ったのか、最後までは聞き取れなかった。 いや、聞こえてはいたのだが、意識が朦朧としていたせいか、はっきりと理解できなかった。 おそらくは別れの挨拶だろう。じゃあな、もう一人のハルヒ。 そして俺の意識はゆっくりと薄れていく。 ……ような気がしただけだった。 目の前には同じように白い景色が浮かんででいるが、これは……天井? 「ここは……どこだ?」 わけもわからないまま、口からはとりあえず口にすべきであろう言葉が溢れる。 「おや、お目覚めになりましたか」 ◇◇◇◇◇ 第六章へ